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1 きれいな石

 岩井栄二は夢をみていた。それが夢だとわかる夢である。

 

 さて――エイジ・イワイの網膜レンズに音声通話の着信通知が表示された。

 しかし、すぐ反応するのはやめた。

 エイジは睡眠用ポットにおいて坐禅の最中であり、はっきりいって邪魔だった。

 だが、邪魔だという雑念がすでに集中の妨げになったので、しぶしぶ通話を許可する。


「――行くか?」


 ルカ・アミラが問いかけてきた。緑と黄色の髪色をした同じ歳の男友だちだ。

 二人はともに22歳、とっくに成人である。


 ルカの問いかけの意味をエイジは理解している。

 エイジがポットに入るまえに視界の30%を占めて通知された臨時ニュースがあり、それは二人がリアルの拠点にしているイーストシティの一角で植物による謎の暴走が起きつつあるというもので、現場は移動用ポットの最高速で一時間の距離だが「リアルで観覧に行ってみるか?」ということだ。

 そのくらい説明されないでもわかるのが配慮というものだ。


「興味ない」


 エイジは即答する。

 意識の89%を投影していた睡眠用ポットにおけるヴァーチャル坐禅を妨害されたことも大きいが、エイジは義務キョーイクを終えて以降、リアルでの体験にさほど関心がもてない。


 前史(西暦2000年頃まで)の終焉から世界構造はAIがみちびき手となり、キョーイク制度も抜本的に変化した。

 エネルギー問題等のトラブルの一切が技術革新にともなってクリアになり、そこから2000年(二〇世代)を経て、世界はリアルとヴァーチャルの二輪で運営されている。


 キョーイク委員会の中心になったのは、通称オーサム・ファーザー(AF)とグレイト・マザー(GМ)という二人のAIで、当初「せっかく平和になったんだからほっといて、けがでもしそうになったらひょいっと助けてやればいいよ」というAFのおおらかな精神が基盤になりかけたのだが、「それではいけない。きっちりとインプット、フィードバック、エラーチェックを確認して繰りかえさなくては、人類は何度でもダメになる」というGМの猛反対があり、10年近いキチキチした口げんかがあったのち、「100年ごとにまえの100年間の反省をし、改訂した新制度をつくり、つぎの100年間はそれでなるべく様子をみる」という折衷案が採用された(のだという)。


 このあたりは歴史の授業で教えられただけで、AFやGМがいまだに制度形成に関係しているのかどうかも一般には非公開だった。

 ファンタスティック・ドーター(FD)なる秘匿のAIが中枢にいるという都市伝説もあったりする。


 エイジとルカの第二〇世代型義務キョーイクは、四歳からリアルもしくはヴァーチャルその両方で10年間受けるもので、ヴァーチャルでは体感速度を10分の1まで下げることができ、延べ100年分の経験が可能になる。

 

 これは第三世代の頃、体感をほぼゼロ速度にできるように設定したところ、何百、何千年もの月日を要した過度な詰めこみキョーイクによって、直後に原因不明の自殺が急増したことによる時間配分である。

 

 そのときのAFやGМの分析結果はこうだった。「年端もいかぬ子どもが手にしたきれいな石をふいにみずうみに投げこんでしまうようなものだ」


 ちなみに子どもたちが集められるキョーイク機関をエメラルドシティといい、いまでも稀にある子どもや卒業後の成人の自殺はエメラルド・ブルーと呼ばれている。


 おおむね大多数の子どもが全期間のヴァーチャルを選択し、義務キョーイクのあいだにひとしきりの人生経験を積むため(結婚や出産子育てを経験する場合もある)、卒業後の15歳が成人年齢とされている。


 大多数の子どもたちは、100年のヴァーチャル体験のあいだに都市部での家庭生活や、農業や工業、各種専門業、芸術といった一般的な市民経験をひとしきりしたあとは、世界一周や諸国漫遊をぶらぶらしてみたり、高山地帯で羊飼い遊牧民になってみたり、海辺でぼんやりしたり、槍や弓で獲物をとって肉を焼いて食べたり草むらでへんな虫に刺されたりへんな草でかぶれたりするような大森林での部族生活を選んだり、ティーポットという宇宙船に乗って銀河探索をする宇宙飛行士になったりする。


 あまりにいろいろ経験できるため、反動で卒業後におとなしく控えめになる傾向もあるが、えてして案外そつなく世界に馴染んでいくため、第二〇世代の義務キョーイクにはそこまでの破綻はみられない。


 リアルにある痛みや苦しみ、あるいは衰えを避けるために慢性的にヴァーチャルで過ごす人も多く、身体が必要ないと考え「Hi-Kiこもり」と名づけられた電脳空間に意識を完全に投影して(これをキキュウに乗る、と表現する)身体を処分してしまう人もいる。

 そのシステムの根幹はОZと呼ばれるそうだが、ОZがなんのことかをはじめ設計者からなにからすべてが非公開になっている。


 だが、身体や意識がどこにあろうとなかろうと、人々が効率的に歯車となって社会を形成しているわけではないので、基本的にはどう生きても差異はさほどない。

 生きる、というところに強い熱意をもったのはせいぜいが第五世代くらいまでだった。


 じっさい、エイジは母親とはヴァーチャルでしか接触しないし、父親はとっくにHi-Kiこもりに消えている。

 無論、どちらもときどき、断りもなしにエイジの視界にヴァーチャルで登場したりするけれど。「ちゃんと食べてる?」とか「ひなたぼっこに究極の生産性を発見した!」とか。

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