けじめ
―涼子Side
「よし、一晩経っても大丈夫!」
鏡で昨日叩かれた頬をチェックして学校へ向かう。
「おはよ~」
「おはよ。昨日は楽しかったね。あの後どうだった?」
目をキラキラさせながら聞いてくる凜に、その後のことは言えず(勝手に言っていいことでもないし)
「普通に送ってもらっただけ」
「そうなんだ~飲みに行けばよかったのに」
(いや、もし行ったとしてそこを見られたら、もっと恐ろしいことになってたかも…)
◇
暁翔に会ってから三日。あれから一度も連絡は取っていない。
(レポートの提出が―)
課題について考えながらバイト先に向かっていると、
(さっきから視線を感じるような…?)
学校を出て少ししたあたりから、何となく視線を感じる。気のせいかなと思ったけど…付けられてるとしたら走った方がいい?
この前のことがあって、もう振り向かない。見るのはよくない。と頭の中では分かってるけど、そう考えれば考えるほど気になってしまうもので……
(な~んで無視できないんだろう…)
恐る恐る視線を感じる方を向くと、見覚えのあるような人が……
「あっ…」
―暁翔Side
本当に顔が大丈夫か気になったのと、やっぱり直接謝りたくて涼子の学校へ。
あれから連絡もしていないし、もう顔も見たくないかもしれない。避けられてもしかたない。どう思われているのか不安で怖かった。
道路の向かい側から涼子を待っていると、涼子が一人で学校から出てきた。
(顔は大丈夫みたいだな…)
道路を渡り、涼子の後を追うように歩く。声をかけたいのに、声を出そうとすると喉に引っかかって出てこない。
じっとその背中を見ていると、ゆっくり涼子が振り向いた。
目にかかる前髪の間から、涼子の少し驚いている顔が見えた。
「―…涼子」
やっと出たのは、自分でも聞き取るのがやっとの小さい声。
(こんなんじゃ、聞こえるわけ…)
「暁翔?」
―涼子Side
見覚えがあるような顔を見ていたら、微かにだけどその人の口が動いて私の名前を呼んだ。
この一週間でよく聞くようになった声。
「…暁翔?」
立てられていた真っ赤な髪は黒く染まって下ろされ、たくさん着けていたアクセサリーも、今はピアスが左右に一つずつあるだけ。
いつもニコニコしていた顔は、眉が下がり口もキュッと閉ざされ、あの時に会った時とは雰囲気がガラリと変わっている。
「だいぶ雰囲気変わったね」
「…うん。その…この前は本当にごめん。顔大丈夫そうで安心した」
この前までしつこく私の目を見ていたのに、今は伏し目気味で私の顔も見ない。
「あぁ…うん。すぐ冷やしたし。 まあ、何回も謝ってくれたから、もういいよ。
ただ、これからはちゃんとしないとね。そうじゃないと、いつか刺されるよ」
「…うん」
(そんなに気にしてたんだ。もしかして、わざわざ謝りに来た?)
声も弱々しい落ち込んでいる暁翔の顔を見ると、何か調子が狂う。
「……それじゃ、私これからバイトだから行くね。もう本当に気にしてないから。じゃあ」
この空気に耐えられなくて、私はそのまま逃げるように走り出した。
―暁翔Side
声も小さかったのに、見た目も変わったのに、俺だって気付いてくれて、それでも避けなかったし話してくれた。
それなのに、俺は顔もまともに見れなくて情けない。
走って行く後ろ姿を、まただた見つめるだけ……
(…いや、このままじゃダメだろ。こんな情けない姿じゃ)
かっこ悪いと思われても、嫌いと言われるまでは……。
そう決意して、走って涼子を追いかける。
……そこまではよかったけど…
中に入るか、入らないか考えながら、涼子が入っていったバイト先の喫茶店の前を行ったり来たり、周りを一周して、100メートル進んでは戻って……。
(完全に不審者だな…)
もう少しグイグイいけると思ったのに、俺は思っていたよりヘタレだったらしい。
(……いや、もういい加減入ろう)
覚悟を決めて振り返り、通り過ぎた喫茶店へ向かうと、前から歩いてきた女子高生たちが先に入っていった。
(かぶったぁ……いや、この流れで入った方が入りやすいか。よし)
お店のドアを開けると、カランとベルの音が鳴り、涼子が少し呆れたような顔で俺を見た。
「いらっしゃいませ。……やっと入ってきた」
「俺がいたの気付いてた?」
「そりゃあ、あんだけウロウロしてたら、普通に気付くよ。
お好きな席にどうぞ」
(はずっ……。でも、嫌な顔はされてないし大丈夫そうだな)
どこに座るか迷ったけど、カウンターの一番端に座ることに。
店内には俺を合わせて五人の客。
同じカウンター席に俺の前に入った女子高生が二人と、テーブル席に大学生っぽい女の子、その隣のテーブル席に若い男。
店内には、涼子と女子高生の会話だけが聞こえる。
女子高生は涼子の知り合いらしく、カウンター内で皿を片づけている涼子に話しかけていた。
「ねぇ、成人式どうだった?」
思わず反応してしまう。
「久しぶりにみんなに会えて楽しかったよ」
「やっぱり、みんな変わってた? かっこよくなったなぁって思う人とか」
(どうなんだ? なんて答える?)
「髪染めたり、メイクで変わったなぁとは思ったけど、話したら変わってなかったかな。
かっこいいは分かんないけど、男子はほとんど背が伸びてた」
(…そんだけ?)
「えぇ~それだけ?」
「そう言われても…」
その時、俺の注文したコーヒーを涼子が持ってきてくれた。
「お待たせしました」
「ありがと」
「じゃあさ、背伸びててキュンとしたとか、いいなって思った人はいなかった?」
(ナイス質問!中学メンバーだと俺が一番背伸びてたし。でも待てよ…高校でいいなと思った奴がいたり……)
「いない」
(即答かよ。でもよかった~いいと思ってる奴いなくて。……って、それ俺のことも何とも思ってないってことに……いや、今から挽回、挽回!)
女子高生二人は涼子と話したり、二人で話したりして二時間ほどすると帰って行った。
「天音、麻琴ちゃんありがと。また来てね」
「うん。ありがとう」「ありがとうございます」
俺より先に来ていた女の子と男も帰り、俺より後に来た客も帰って行く中、俺は、おかわりを繰り返し涼子のバイトが終わるまで居座り続けた。
―涼子Side
カウンターの端で、ただずっとコーヒーを飲んでいた暁翔。
(ずっと居たけど特に何も話さなかったな)
「お疲れ様でした」
扉を開けると、暁翔が立っていた。
「おつかれ。暗いから送る」
(…どうしよ)
また変な誤解をされないか心配だけど、何か言いたそうな暁翔の顔を見ると、断るのも少し気が引ける。
迷ったけど、早歩きをすればそんなに長い時間一緒にいる訳じゃないし、距離を保てば大丈夫だろうと、一緒に帰ることに。
これが最後だと思うし……。
歩き出しても、何も言ってこない。黙ったまま…。
その空気が何だか重くて、私が先に口を開いた。
「昨日、暁翔の元カノさんに会ったよ」
私がそう言うと、暁翔は驚いて立ち止まった。
「え?なんで? 何か言われた?何もされなかった?」
「謝ってくれた。あと、暁翔に好きな人ができたから別れたって聞いた」
私の言ったことに、暁翔は目を見開いて、顔を真っ赤にして慌てていた。
(別れた理由とか他人に知られたくないよね…)
「別に私が聞いたわけじゃないよ。あっちが話してきただけ。詳しくは聞いてないから安心して。そもそも私が聞いていい話でもないし」
「…そう……」
慌てたと思ったら、次はシュンとした暁翔…
(もしかして…)
「あのさ……、言いにくいかもしれないけど、もしかして……振られた?」
「………は?」
「いや、落ち込んでるように見えたし、イメチェンしてるからそうなのかなぁ…って」
そう言うと、暁翔は髪をぐしゃっと掴み、大きくため息をついた。
「まだ、振られてない」
「あ……その…変なこと言ってごめん…なさい」
しばらく変な沈黙が続いた。完全に私のせいだけど…。
すると、暁翔が私の顔を軽く覗き込んで、急にボソッとしゃべり出した。
「あのさ、どうすれば好かれると思う?」
「いや、急に聞かれても…。暁翔の好きな人がどんな子か分かんないし」
「涼子のでいいから」
?(そう言われてもなぁ……。とりあえず、一般的な話でいいのかな?)
「優しくする、笑顔で話す、感謝を言葉にするとか? とにかく、誠実に接したらいいんじゃない?
あとは、髪とか爪を綺麗にして清潔感は大事だと思う」
「あとは? どんな人が好き? 見た目とか」
「それは人それぞれだから知らない。てか、その子が好きそうだから、そういう風にイメチェンしたとかじゃないの?」
「いや……うん。まあ、そうなんだけど……。涼子は、この髪型どう思う?」
「う~ん……似合ってると思うよ。ただ私的には前髪は目にかかってない方がいいかな。まあ、その子に聞けそうだったら聞いてみたら?」
「そっか……うん。ありがと」
暁翔は少し照れたように髪を触りながらブツブツ言っていたけど、何を言っているかは聞き取れなかった。
「ここで大丈夫。ありがと」
話している間に家の近くまで来ていてお礼を言うと、この日初めて暁翔の笑った顔を見た。
「俺も色々ありがと。頑張るよ」
(私に宣言されても…)
「あぁ…うん。頑張ってね。それじゃ」
(もう会うことないだろうから、どうなったか知ることもないだろうけど、好きな子を泣かせないようにね)
―暁翔Side
「全然気付いてねぇし」
涼子に手を振って、その背中には届かないようにボソッと呟く。
ここまで話して気付かないって、わざとか?
少しでも『もしかして私のことなんじゃ…』とか思わないのかな。
ってか、思えよ。察する能力!
え?これでもアピール届いてない?
めっちゃ誘ってるし、バイト終わるまで待ったし送ったのに?
あれ?でもよく考えたら、これは俺が勝手にやったことか。
「ハァー…」
いつも言われる側だったから、思う側がこんなに大変とは思わなかった。
軽く言えたら楽なんだろうけどな……
今のままじゃ、無理なの確実だし。てか、意識すらされてないし。
優しくする、笑顔で話す、感謝する。はできてるだろ(涼子相手には)
清潔感も大丈夫なはず。
ー誠実か…
どうすれば伝わるんだろ………
「とりあえず、前髪どうにかするか!」




