隣の席
中学時代、俺はいわゆる”ヤンキー”だった。
一、二年は、まあちょこちょこって感じだったけど、三年になると授業もサボりまくって、ただ遊ぶためだけに学校に行っていた。
学校に行かないで、外で遊ぶなんてこともしょっちゅう。
みんな外に遊びに行ってたけど、その日は何となくみんなといる気分じゃなくて、学校で一人フラフラしてた。
でも、そのうちそれも飽きてきて、たまには授業に出てみるかと、気まぐれに教室に行ってみた。
授業中だったし、二週間ぶりに教室に入ったから、みんな驚いて一斉に俺を見た。
久しぶりすぎて自分がどの席か分かんなかったけど、一つだけ席が空いててそこに座った。
隣は涼子だった。
何をしていたか聞くと、教科書の英単語を辞書で調べて、ペアで翻訳をしていたと。
だけど、俺がいなかったから涼子は一人でやっていたらしい。
(面倒くさそ~。どうせ英語とか知らないし。やっぱりサボろ)
椅子に座って一分もしないうちに立とうとすると、
「ちょっと待った」
涼子に腕を掴まれた。なんか逆らえなくてまた椅子に腰を下ろす。
「私が調べた単語の意味をここにメモして」
何も持ってきていない俺に、涼子は自分のルーズリーフとペンを俺の机に置いた。
(まあ、どうせ暇だしいっか)
言われた通り書いたのに、字が汚くて読めないと言われた。
(書いた俺もわかんない)
やる気のない俺に、涼子は辞書を渡して、単語を探してみてと言った。
「どうやって探せばいいか分かんない」
そういう俺に涼子は嫌な顔一つせず教えてくれ、俺が意味を読むと
「ありがとう」と一回、一回お礼を言ってくれて、それがめっちゃ嬉しかった。
一人でやった方が早いのに、俺が出来ることをさせてくれて、お礼も言ってくれて…
(一人でふらふら遊ぶより、よかったな)
初めて授業に出て楽しいと思った。
それから、たまに授業に参加するように。
音読の時は一緒に教科書を見て、今どこを読んでいるのか指でなぞってくれて、漢字の読みで止まったときも一つ一つ教えてくれた。
歴史の授業で写真を見てくだらないことを言ったり、描いた絵を見せると、「馬鹿じゃないの」と言いながら笑ってくれた。
どれだけちょっかいを出しても、怒ったり無視したりしないで反応してくれたことが、なんだか嬉しくて。
面倒見がいいっていうか、俺みたいな奴にも普通に接してくれた。
周りから見たら正反対だけど、意外にも気が合うというか……不思議と居心地がよくて、小言も言われたけど別に苛つくことはなかった。
そして、次第に授業に参加する頻度が増えていった。
いつもより早めに教室に入ると、みんなが姿勢を正して目をつぶっている。
そんな中席に座ると、「赤座も黙想しなさい」って言われたけど普通に無視。
目をつぶっている涼子の前で手を振ってみたり、肩をちょんちょんと触ったりしたけど無反応。
(そうだ!目開けたらどんな反応するかな~)
「黙想止め」
そっと目を開けた涼子は、俺の顔が目の前にあったのに驚いたのか、ビクッてなって、目を丸くして顔を後ろに引いた。
「びっくりした?」
何て言うかな~と顔を覗き込んでいると、
「何してんの?」
眉をひそめて、少し怒っているような声だった。
「(あれ?)怒った?」
涼子はフイッと顔をそらして「普通に恥ずいわ」とボソッと呟いた。
(あの顔と声は恥ずかしさを隠してたのか…)
きゅん(あれ?なんだこれ…)
次の授業で同じ事をすると、涼子は目を開ける前に横を向いた。
(あれ?)
そして横目で、俺を見て「またやると思った」とドヤ顔。
「クソッ(やられた)」
◆
(あれ? 席が違う)
三日ぶりに教室に入ると、席が替わっていた。
月が変わったから席替えをしたらしい。
俺の隣は、涼子からギャルっぽいグループにいる女子に。
(まあ、俺にはこっちの方が合ってるかも)
席に座って、涼子の席を見た。
(涼子の隣は、啓太か…)
啓太は、俺たちのグループにいたけど、その内の一人と喧嘩して最近はつるんでいない。
別に俺は仲が悪いとかはないけど。
「5分時間をあげるので、問い1~3まで解いてみてください。」
みんなが一斉にノートに書き出す。
「ねぇ、紙とペン貸して~」
隣の女子に言うと、一瞬ポカンとして
「え~暁翔、問題解くつもりなの?」
と笑って言ってきた。
「あげても落書きするだけでしょ~」
確かに、問題を解くつもりはさらさらない。でも涼子はいつも何も言わずくれた。
何も持ってきていない俺に「何しに学校来てんだ…」って呆れながらも、教科書を見せてくれたり、俺が「貸して」って言ったら「一枚だけならあげる」と言って渡してくれた。
一度も「どうせ落書きでしょ」とかは言わなかった。(思ってたかもしれないけど)
俺が一回、休み時間に「落書きするからもう一枚ちょうだい」って言った時は、「落書きする人にあげる紙はない」とさすがに断られたけど、その時だって、
「さっきの紙、まだ裏に書けるでしょ」「まだここに書ける」「せっかくあげたんだから、無駄なく使ってよ」と突き放しはしなかった。
(だよな…。これが普通の反応だ)
「まあ、暁翔だったらいいよ~。 はい、どうぞ」
「やっぱいいや」
「え?いいの? もしかして怒った?」
「別に~」
チラッと通路を挟んで隣の斜め前にいる涼子の席を見ると、啓太にペンを渡していた。
「サンキュ。シャー芯切らしちゃってさ」
「シャー芯0.7でしょ? 私0.5しか持ってないからさ。一日これ使っていいよ。けど、なくさないでね」
「ありがと。助かる」
イラッ(…面白くない)
二人のやりとりを見ると、無性に苛ついて教室を出た。
それからまた、授業に出る頻度が減った。
◆
「6時間目、席替えだよ~。 誰の隣なれるかな~」
「えー…私、今の席気に入ってるのにな~」
同じクラスの女子が話しているのが聞こえた。
(席替えか…)
席なんてどうでもいいと思っていたのに、気になって仕方なかった。
「なぁ、暁翔も帰るだろ?」
一緒にいた拓也が、ダルそうな声で言ってくる。
「いや、ちょっと教室行ってくる」
「はぁ?どうしたんだよ。 俺は帰るからな!」
後ろで騒いでいる拓也に、振り向きはせず「おう」と言って手を振る。
ワイワイ教室が騒がしい中、席替えのくじ引きが始まった。
(俺は13番…真ん中らへんの席か。 まあ、場所はどうでもいいや。問題は…)
「じゃあ、くじで引いた番号の場所に机を移動してください」
みんなが机を持って移動しはじめる中、俺は涼子の移動する場所を見ていた。
(後ろのドアの所か。よし)
ガタッ「お、隣涼子か~。 またよろしくな」
涼子の隣の奴が来る前に机を置いた。涼子は少し驚いていたけど、ニコッと笑ってくれた。
「うん。よろしく」
「あの、赤座くん……そこは…」
俺の後ろで机を持って戸惑っている男子。本当はこいつがここの席だったんだろう。
「ここは俺の席。お前は13番に座れ」
本当は俺が座るはずだった場所を指さす。
やりとりを見ていた涼子が、じとーっと俺に疑いの目を向けて来た。
「? もしかして、本当は席違うんじゃない?暁翔見間違えてない?」
「何言ってんだよ。俺はくじでここになったの! な?」
(言ってる意味分かるよな? 空気読めよ)
「あっ、うん。 俺が勘違いしてたみたい…」
俺の訴えに気付いたか、ビビったか、そいつは大人しく13番の席に移動していった。
涼子は首を傾げて、俺とそいつの顔を交互に見ていたけど、「まあ、いいか」と椅子を下ろして座った。
俺も椅子に座って、机に頬杖をつきながら涼子の横顔を見る。
(なんで俺、こんなに必死になったんだろ)
今まで座りもしない席のことなんて、どうでもよかったのに。よく分からなかったけど、隣に座る涼子の顔を見ると気分がよかった。




