青春学入門
春の陽気が夏の暑さへと切り替わろうとしている6月、私は同じ大学の、二階堂まどかと一緒に帰っていた。彼女とは同じサークルで、最近は家が近所ということもあり、一緒に帰っている。顔は、広瀬すず似の清楚系で、性格はおてんば。いつもきゃぴきゃぴして、天然キャラである。サークル内の男子からは一目置かれている。そのため一緒に帰っているという話をしては、「キスしたの?」とか「そのまま家連れて帰っちゃえば?」とか、「避妊しろよーこの野郎。」とか、正直、脳内が性欲という二文字で侵されている奴らしか言わないようなヤジばかり飛ばされる。先に断っておくが私たちは恋人関係ではない。ただ一緒に帰っているだけだ。だけど…私は、今日こそ伝えたい。彼女に私の気持ちを…
「内田くーん!」
「えっなに?」
「もーまた自分の世界は言ってたでしょー。」
「あぁごめん…」
私は時々人と喋っているときでも、自分の世界に入ってしまうことがある。
「はーいこれで3回目ね。」
「よく覚えてるなー。」
彼女は、私のこの世界に入ってしまう回数を正確に把握しているのだ。ちなみにこの回数が5回になってしまうとあだ名が「歌うま闇営業」になってしまうらしい。私の下の名前が博之だからだ。絶対に避けなければ。それにしても記憶力がいいなと感心する。
「ったくもー。よく覚えてるな―じゃないよー。」
「ごめんごめん。」
「あってかみてー!月きれい!まんまるだー!」
「あ、ほんとだねー。」
「今夜も月がきれいですね。」
彼女は突然私の顔を見てそういった。
「ほんとだね。」
彼女がむすっとした表情を浮かべる。
「え?なんか気に障っちゃった?言い方?」
「なんでもないよーだ。」
彼女は女の子特有のロングヘアをなびかせながらそう言った。ますます気持ちが大きくなっていく。
「ねぇ内田君。」
「なに?」
「女の子でどんな子がタイプなの?」
「あぁ…割と清楚めな子がタイプかなー。」
「ふーん。そーなんだー。」
「そうだねー。まどかちゃんは?」
「私好きなタイプとかないんだよねー。」
「へー。」
「好きになった人がタイプって感じかなー。」
「へーめずらしいね。」
「私変わりもんなのかな―笑。」
「どうだろうね―笑。」
「あっそういえば。」
そう言って彼女は自分のバッグをあさり始めた。女の子だからか、とても小さいバッグだ。
「はいこれ。」
そう言って彼女は私に、お菓子の詰め合わせを渡してくれた。
「おーありがとう。でもなんで?」
「ほら内田君こないだ誕生日だったでしょ?」
私の誕生日は5月4日だ。
「あーありがとう。」
「全部手作りだからね。」
彼女は私にそう言った。
「ぜんぶ作ったの?」
「そうだよ。」
彼女がまっすぐな目で私の目を見つめたその時、私の心の中の感情は、彼女への想いでいっぱいになった。しかしこんなこと言って、彼女が引いてしまったら…。そう思うと言えなかった。
「私の誕生日期待してるね。」
「あーそうだね。期待しといて。」
「うん!」
そう言って私たちはまた歩き始めた。家へと続く階段を二人で登る。彼女は私の先を歩いていた。あ、言い忘れていたが、彼女は今日ミニスカートだった。それはそれは短いミニスカートだった。
「ね―内田君今私のパンツ覗こうとしたでしょー。」
「えっいやそんなことないよ。」
「うっそだー。」
「ほんとだよほんと。」
「ほんと男ってバカよねー。絶対パンツ見ちゃだめだからね!」
「おぉん。」
そう言って彼女はまた私の前を歩き始めた。
「ねー内田君。」
「ん?どうしたの?」
「お金と愛だったらどっち選ぶ?」
どうして急にそんなこと聞くのだろうと思い、私は戸惑った。もしかして彼女は私の抱いている想いに気付いているのだろうか。しばらく私は黙り込んだ。
「も―遅い!」
彼女がしびれを切らしてそういった。
「あーごめんごめん。」
「ほんとあやまってばっかなんだから―。」
ここで言ってしまおうか。私の気持ちを伝えてしまおうか。いやしかし…もーどうしたらいいんだろう。
「私はお金かな。」
彼女がそう言った。
「えっ…。」
思わずそう言ってしまった。
「えってなによー(笑)。愛っていうと思った?」
「うん。」
「私はお金。意外と現実的なのよ私って。いっつも天然とか言われたりきゃぴきゃぴしてるって思われたりするけどね。まずお金がなきゃ愛って始まらないと思うの。愛する人と一緒に暮らすのだってお金が必要よ。みんな愛はお金じゃ買えないっていうけど、お金で買える愛だってあるのよ。ってこんなこと言ったらまた変わってるって思われちゃうね笑。」
「おぉん…。」
「何よその反応―。なーんかそっけなーい。」
意外だった。お金と答えるなんて。
「あっ見てわんちゃーん!」
深夜に散歩をしている犬を見て彼女がそう言った。
「私犬好きなのよねー。」
そういいながら彼女は犬のところへと駆け寄った。
「撫でてもいいですか?」
飼い主にそう尋ねる。
「いいですよー。」
飼い主はそう答えた。
「見てかわいいー!」
彼女は犬を撫でながら私の目を見てそう言った。
「内田君も撫でなよー。」
「いやちょっと苦手なのよねー。」
「なんで―かわいいトイプードルだよー。名前なんて言うんですか?」
「ココアです。」
「ココアちゃーん!」
「ワン!ワン!」
「見てほら僕を撫でて―って言ってるよー!」
「あーほんとだね。」
私はそんなココアちゃんよりも彼女に夢中だった。
「ありがとうございましたー!またね―ココアちゃん!」
飼い主とココアちゃんに別れを告げ私たちはまた家路についた。もうすぐ家につく。また今日も言えずじまいなりそうだ。
「内田君、せっかくだったらさ、あそこの公園でちょっと話さない?」
「あーいいよ。」
急にどうしたのだろう。私と彼女は、そこの公園のベンチに座った。しばらく気まずい空気が漂った後、彼女は突然私に喋りかけた。
「ねぇ、内田君。」
「ん?どうしたの?」
「実は私、内田君に伝えたいことあるの。」
え、まどかちゃんも私に伝えたいことあったんだ。
「え、何?」
「私…私…」
なんだかいうことをためらっているみたいだ。そんなに深刻なことなのか。
「私、内田君のことが好き!」
「へ…」
突然の告白に私は驚いた。まさか私のことが好きだなんて…
「サークルで内田君の顔見た時からかっこいいなって思ってて、気づいたら好きになってたの。そっから一緒にサークルのみんなでご飯食べに行った時もきずいたら内田君のこと目で追いかけてて。隣座ったら引かれるかなーとか。いろいろ考えちゃうくらい内田君のことで頭いっぱいになってたの。」
そうだったのか。
「だからもしよかったら付き合ってくれませんか。答えるのは今じゃなくてもいい。振るなら全然振ってくれてもいいからさ。」
彼女は顔をみるみる紅潮させていった。そんなに恥ずかしかったんだ。そんな気持ちになってまでも私にその想いを伝えたかったんだ。私は彼女の想いに胸を打たれた。私も…彼女に私の想いを…伝えなくては。彼女に私の気持ちを。私はついに彼女に気持ちを伝えるときが来た。とてもドキドキする。緊張する。しかし私も男だ。伝えるぞ!
「私は…私は…」
どうした内田!ただ彼女の想いに答えるだけではないか!いけ!いくんだ!
「私は…500円返してほしい!」
伝えたぞ!一番伝えたかったことを伝えたぞ!よくやったぞ内田!
「…え。500円?」
彼女はそう言った。
「うん!500円!サークルでのみに行った時の500円!いやーずっといえなくてさー。だってほら2か月前のことだしさー、額も額じゃん?だからいまさら言って相手が覚えてなかったらどうしようとか思ってたしーそしたらなんか一方的に私が500円という微妙な額をいつまでも覚えてて今更取り立てようとするちっちゃい男みたいじゃーん。だから言いやすいように愛とお金の話してお金選んでくれたんでしょ?お金のことはちゃんとしてます。だから内田くんの500円のこと覚えてるよってことでしょ。あれでだいぶ言いやすくなったわ―ありがとう!」
そっからはもう意気揚々としゃべっていた。
「え?あー分かったよ!じゃなくてさあの私の…」
「あとさーずっと思ってたんだけどさーそのロングヘアって邪魔じゃないの?私なんかちょっとでも長いとすぐ切りたくなっちゃうんだよね。邪魔で邪魔で。やっぱ髪は女の命ってこと?だとしたら瀬戸内寂聴はゾンビってことになるよね。」
「あいや、うんわかったからさ…じゃなくて…」
「あとときどき私変わってるアピールしてくるじゃん。あれって変わってるよって言った方がいいの?あとあれだ、バッグ小さすぎでしょどう考えても。これは女の子共通だけど何を入れるのよあのバッグにー。まじでまじで。財布しか入んないよあれ。財布がそもそも入れ物なのにそれ入れるためだけの入れ物ってなんだよ。」
「いやちょっとさ…」
「あとミニスカはいといて覗かないでってむずすぎるよあれ。階段も先歩くし。だったらズボンはいてよー。短いスカートはいといて覗くなってそりゃないよー。見ようとしてなくても見えちゃうときあるからねあれ。あと犬かわいいってなでながらなんで私だけずっと見てるのよ。それ、犬かわいいって言ってる自分がかわいいってことを誇示しようとしてるでしょー。あと犬も撫でてって言ってるよーって、勝手に犬の気持ちアテレコするなーって感じーよく動物番組とかでもあるけどあれやなんだよねー。あとは…」
「内田君!答えてよ!」
「あー好きだよ。」
一切のためらいのないクリティカルなビンタをされた。




