日常的相対性理論
私は悩んでいた。パンツがダサい。どうしようもないダサさなのだ。それゆえ、外に干すのが恥ずかしいのである。もう少しいいパンツを買っておけばよかった。まさかこんなところでつまずくとは。この話を聞いたら、きっとみんなは言うだろう。「じゃあ中で干せばいいじゃん」と。そんなこと最初から考え付いている。ただ私は、どうしても外で干したいのだ。あの外で干したときにのみ特典としてついてくる何とも言えない暖かな匂い(太陽のにおいとでも言っておこう)。あれがたまらないのだ。この話をすると、「あれって実はダニとかの死骸のにおいらしいですよ」とか言ってくるシャバ僧がいる。こういう奴らは一定数いる。「エビのしっぽはゴキブリの羽と成分一緒らしいですよ」とかも言う。こいつらは、一生眼鏡のレンズが指紋だらけになる呪文にでもかけられてしまえばいいのだ。まぁとにかく話を戻そう。私は外に干したい。しかしまたここでこういうことを言う人がいる。「じゃあパンツが隠れるように外側にタオルを広げてつるせばいいんじゃない?」と。こいつらは、 一見正しいことを言っているようであるが、 実は大きな落とし穴に気付いていない。 隠している時点でそのパンツはダサいと確定してしまっているのだ。そうだろう?そこまでして隠さなきゃいけないパンツはダサいのだ。もっと言えばその隠してやろうという卑しい人間性がダサい。そしてそう干しているのを目撃した同じアパートに住んでいるおばちゃんたちはこんな会話をするだろう。
「ねぇ、最近 104 号室に越してきた大学生、パンツタオルで隠して干してたわよ。」
「ダッサいぁいわぁ~。」
「そんなことしたら自分のパンツはダサいって言ってるようなもんじゃない(笑)?」
「そうよ絶対ダサいわよぉ。」
「でももっとダサいのはその人間性だわ。どうせなら見せちゃえばいいのに。」
「そうよねぇ~。」
「絶対大学に入る直前までビリビリ財布使ってたタイプよ。」
「あとはあれよね。習字道具入れ絶対ドラゴンの絵が入ってるの使ってたわ。」
「そうだわぁ~。」
こんな感じだ。 詰んだ。もう私は二度と外にパンツは干せないだろう。あ、ちなみに私の名前は、内田博之。博之の名前の由来は、 父が宮迫が大好きだったからだ。 少し複雑である。今年から大学に通うために上京してきた 18 歳のおこちゃまである。ちなみに本当に、習字道具入れにはドラゴンが描いてあった。 性格は言うまでもないだろう。 特技は、 久米宏と伊集院光の物まねだ。こんなところでいいでしょう。あぁどうしようかな。そんなことをしていると、家のインターホンが鳴った。
「内田くーん。」
扉を開けるとそこには、 髪、服、靴その他もろもろすべてが赤色で統一された真っ赤なおばちゃんがいた。 近所挨拶はすでにしてあったので、 誰かは知っている。 隣の 105 号室の住んでいるおばちゃん、 川瀬さちよさんだ。 僕は個人的に「シャア専用おばちゃん」というあだ名をつけている。「おばレーザー」というあだ名もあったが、あんまりゴロがよくなかったのでそれは不採用にした。因みに部屋の中も赤で統一されている。予測だが、 野球なら、 広島、サッカーなら浦和レッズを推しているだろう。
「どうされました?」
「いや実は、ブリュレを作りすぎたのでお裾分けしようと思ってさー。」
ブリュレ?
ブリュレを作りすぎたってなんだ?相場肉じゃがだろ。 カレーとか。なんで作りすぎるんだよ。そっちの方がむずいだろ多分。 しかも大概そういうお裾分けは夜にやるもんじゃないのか?あまぁでもブリュレは昼か。てかなんだそもそもブリュレって。 食べ物につけていい名前ではないぞ。両手に抱えていたのは大量の、美味しそうなスイーツだった。
「いただいていいんですか?」
「いいよぉ。」
「じゃあありがたくいただきます。」
そういって私は、3 個ブリュレをいただいた。それにしても赤いなーこのおばちゃん。
「今あたしのこと見て、赤いなーこのおばちゃんっておもったろ?」
メンタリストでもあった。
「あたしにゃお見通しだよ。若い子の考えてることなんて。」
「それにしても汚い部屋だねー。」
「ちょっと覗かないで下さいよー。」
「あんただってあたしの部屋覗いただろ。おあいこだよ。」
確かにご挨拶の時に覗いた。
「あたしが片付けてやろうか?」
「いやそんな、いいですよ。」
嫌な予感がしたのだ。もしこのおばちゃんが触ったものをすべて赤に変えてしまう能力をもったおばちゃんだったら困る。とかではなく、 シンプルに部屋に上がられるのが嫌だった。あとパンツを見られたくなかった。
「そうかい。せっかくお手伝いしてやろうと思ったのにねぇ。あ、ブリュレ、早めに食べなよ。あんまり置いとくと味が落ちちゃう。」
「あぁ、分かりました。ありがたくいただきます。」
「おう。」
そう言ってシャア専用おばちゃんは帰っていった。 ブリュレはうまかった。 意外としっかり作られていた。 隣人ガチャはあたりといったところか。まぁでも、 私が想像していた隣人というのは、少し色っぽいおねぇさんだった。
「あなた、ひろゆき君っていうのぉ?」
「はい!」
「ふふ、かわいい子ね。いつでもあたしの家遊びに来てね。」
「へへ。」
みたいな展開を期待していたのだが…その点を踏まえれば、はずれだな。ていうかこんなパンツはくような人間をおねぇちゃんは相手にしないか。
時刻は 15 時を回った。外に干すならこの時間帯が今日のラストチャンスになるだろう。
考えろ。己の頭をフル回転して、考えるのだ。何かいいアイデアはないか。
ない。
思いつかなかった。「だめだこりゃ。」 思わず心の中のいかりや長介がそう言った。もういいや。あきらめよ。これから私は部屋の中で一生パンツを干すのだ。最悪―。気分転換に外でも散歩しよう。そう思って私は、家の近くを散歩した。割と家の近くには、様々な人が住んでいる。 最近は外国人も多い。この外国人のパンツのセンスはどんなもんなんだろう。 公園に行けば、老後の暇を持て余す老人や、ゲームをしている少年たちばかり。少年の頃はパンツのセンスなんか気にしてなかったのになぁ。16 時過ぎになりそろそろ家に帰ろうと思った。私の部屋は 1 階にあるので割と便利がいい。まぁだからこそパンツを干しずらいのだが。ちらっとシャア専用おばちゃんのベランダを見る。 洗濯物がかかっており、その横でタバコを吸っていた。目が合う。
「おい、どこ行ってたんだい。」
「ちょっと外を散歩に。」
「けっ。じじいじゃないんだから。」
ばばあに言われたくない。
「そんなことより聞いてよ。あたしブリュレ一気に食いすぎてさぁ。おなかこわしちゃった
わよ(笑)。」
「はは(笑)。」
「ブリュレだけにけつからブ…」
何を言うかわかった。最悪なギャグだ。
「あー言わなくて大丈夫です!じゃあ失礼します!」
「なんだい。こっからが面白いのに。」
恥ずかしい。よくもまぁベランダとはいえ外でそんなこと言えたもんだ。ていうかなんだあの洗濯物。真っ赤じゃん全部。全赤じゃん。全部勝負下着じゃん。さすがに赤が好きとはいえ、 恥ずかしくないのかね。そう思った瞬間、私は自分のパンツへの羞恥心が嘘のように消えた。 デリカシーのないギャグを平然と公然の前で大声でしゃべり、 下着は真っ赤。自分よりよっぽど恥ずかしい人が横にいるのだ。そうなると相対的に私は恥ずかしい人間ではなくなるのである。また、 赤の強烈なパンツがあることで、 僕のパンツがかすむのだ。完璧な理論により私はパンツを外に干せることになった。これが相対性理論か。ありがとう。 シャア専用おばちゃん。アインシュタイン。因みに、おばちゃんは日ハムファンらしい。サッカーはそもそもみないそうだ。




