鉱山探索
トンネルの入り口にいるリップマンさん達に挨拶をすると、ひとりずつ激励の言葉をかけてくれた。
坑道はまっすぐ奥に続いていて、坑道の壁にはランプがぶら下がっていた。
暫く進むとランプもまばらになり、辺りが一層暗くなってきた。
リュックからランプを出し腰につける。
不可視の明かりを付け、辺りが昼間のように明るくなった。
[魔導ランプ…… 魔石の力で半永久的に光るランプ、使用者のみに見える光を出すことが出来る。もちろん普通のランプとしても使える]
魔導懐中時計を出し、時刻を確認する、今は朝の八時半だ。
魔導方位磁針もセットする、そして昨日買った魔導地図版を出した。
板を見ると、入り口から真っ直ぐに続く通路が板の上に立体的に書かれている。
さらに半径百メートルの坑道が、板の上に再現されていた。
「魔道具すげえな……」
おもわず声に出してしまった。
この地図をもとに探索をしていけば、はじめての場所も迷わなそうだな。
気を引き締めて更に進む、剣を抜剣し盾を構えてゆっくりとした足取りで奥に進んで行った。
坑道は思いの外入り組んでいた、メインの坑道が比較的まっすぐ続いていて、左右に枝道が不規則に走っていた。
慎重に進んでいくと、メインの坑道の岩陰にわずかに動く何かが見えた。
生ゴミの腐ったような匂いがあたりに漂っている。
[スライム…… 流体の魔物、核を持ち破壊すると活動を停止する。火が弱点で、動物の死骸を好む]
鑑定するとあまり強そうな敵ではないような気がする。
魔法は使わず倒してみようかな。
慎重に近づいていく、スライムは俺が近づいていっても、一向に気にすること無くその場に留まっていた。
二メートル位まで近づき岩陰を覗く。
「ひぃっ」
思わず情けない声を出してしまった。
そこにはスライムに全身を覆われ、溶かされている人間らしき物体が、横たわっていた。
頭蓋骨はむき出しになり、目玉は消化されてしまったのかもう無い。
胸の部分にはまだ衣服がボロ布のようになって残っていた。
スライムは消化液を出すようで、かすかに肉を溶かすプスプスという音が聞こえる。
腐敗臭と汚物の混ざった匂いが鼻を直撃する。
死体の横にはまだ使えそうな短剣が転がっていて、死体が冒険者だった可能性が出てきた。
こんなに動きの遅い魔物にやられる冒険者がいるのか。
疑問に思いながらスライムの核めがけて剣を振り下ろそうとした。
バサッと音がして一瞬のうちに目の前が歪み、何かが頭の上に乗ってきた。
俺の周りに液体の垂れる音がして地面の岩が煙を上げる。
パニックになった俺は、被った何かを外そうともがいた。
落ちてきた物体が、スライムだと気が付き、手で払い落とそうとするが、思うようにつかめず更に混乱してしまった。
「ひぃぃぃっ」
半ば錯乱して足を滑らし、死体の上のスライムに突っこんでしまう。
剣を放り出し、スライムを手でかき回してその場で暴れてしまった。
耳には岩盤が溶ける音が聞こえるが、一向に身体に異変が来ない。
だんだん冷静さを取り戻し、ゆっくりと這って坑道の真ん中辺りまで移動した。
スライムを岩壁に擦り付ける、それを嫌ったスライムが、俺からズルっと離れた。
冷静に剣を拾い直し、一匹ずつ核を潰していく。
スライムが粒子になって消えていき、その後には討伐部位とグチャ交ぜになった、元人間の塊が残った。
何が起こったのか冷静に考えた、考えた結果スライムに天井から襲撃を受け、身体を融かそうとしたスライムが消化液を出し、絶対防御が働き無傷な俺が過剰に反応して、一人で暴れまわったのが真相のようだった。
弱い魔物と侮ってナメてかかった結果、不測の事態におちいってしまった。
絶対防御がなければ、あの死体のように屍を晒すことになったはずだ。 改めて初見の魔物の恐ろしさを実感した。
[スライムビーズ…… 討伐部位 魔道具の材料になる]
スライムの討伐部位は卵大の透きとおったガラス玉のようなものだった。
魔石に似ているが、鑑定すると魔道具の材料になるらしい。
ガラス玉を二個と短剣をリュックに入れて、地図で場所を確認して探索を再開した。
坑道は、枝道が水没しているところもあってなかなか探索が進まなかった。
時折スライムが蠢いているのを慎重に倒したり、底が見えない穴に石を投げ込んで、音がなかなか返ってこなくて、深さに驚いたりしながら、少しずつ奥に進んでいった。
どのくらい進んだだろうか、基本的にはメイン坑道から外れずに進んできたので帰ることは出来る。
しかし出来れば下層へのはしごを見つけてみたいという欲が出てきていた。
レールの上に取り残されたトロッコを見つけて、そこで昼食を取ることにした。
魔導懐中時計を出すとちょうどお昼だった。
見通しのいい岩壁の横に、道具屋で買った折りたたみのテーブルと椅子を出す。
ランプをテーブルの上に置き、焼きそばパン一個と串焼き肉を二本出して皿に盛った。
市場で買ったレタス風の葉っぱを水で洗い、深皿に入れて塩を振った。
木のコップにコーラをなみなみと注いでランチタイムと洒落込んだ。
焼きそばパンも焼き肉も、熱々で作りたての旨さだ。
コーラでさっぱりさせた後に食べるサラダも格別だった。
探索中の食事にしては豪華な昼食を食べ終えた俺は、後片付けをサッと済ませ探索を続行するのだった。
数時間坑道の中を探索し、だいたい坑道のパターンが解ってきた。
メイン坑道は基本的に一直線で水平に掘られていた。
枝道は鉱脈に沿って掘られていてそれほど深くはない。
三時を回った頃だろうか、坑道の横に天井が高い比較的広い空間があるのを発見した。
ムシロが乱雑に敷いてあって、木の皿やコップが散乱して椅子などがひっくり帰っている。
何の施設だろうと近づいた時、奥の暗がりから素早いボールのようなものが飛びかかってきた。
とっさに盾で撃ち返す。
シールドバッシュが決まり、塊は壁にあたって肉片となった。
襲ってきたのは複数で、全部はよけきれず体に当たる、衝撃は皆無で逆に弾き飛ばし、剣を構えたときには攻撃はやんでいた。
ランプの明かりでよく見ると、身体が中型犬ほどあるネズミのような生き物だった。
[ボールラット…… 素早い大型のネズミ。集団で襲いかかり、噛まれると毒を受けることがある。凶暴な性格で共食いの性質もある]
正体がわかれば雑魚でしか無く、剣を一振りするたびに光の粒子になっていく。
そう時間が掛からないうちに全て駆除できた。
[ボールラットのしっぽ…… 討伐部位 畑の肥料になる]
ゴブリンと同じ肥やしか、数が多いだけではずれだな。
細長くテカリがあるボールラットのしっぽは、ちょっと気持ちが悪いので、麻袋を出して中に入れてからリュックに収納した。
施設内を調べ回る、その結果トマスさんが言っていた休憩所の可能性が高いことがわかった。
ということは後少し進めば下層へのはしごにたどり着けるという事か。
更に坑道を二十メートルほど進むと、ぽっかりと穴が空いていて、下に向かってはしごが闇の中に続いていた。
下層への入口は、はしごが下へ続いていて、下の方は暗くてよく見えなかった。
魔導ランプをかざしてはしごの下を照らすが、明かりは下まで届かないようだ。
少しだけ下に行ってみよう、慎重にはしごを降りていく。
はしごを降りて縦穴を抜けると、そこは小さな何もない空間になっていた。
はしごの下で剣を構え、しばし静止して周りをうかがう、敵の気配がないことを確認して緊張を緩めた。
改めて周りを詳しく見てみる。
道が左右に伸びていて、暗くて先が見えなくなっている。
思ったよりも広そうだな、俺はここで一旦はしごを上がった。
これ以上探索をするのは、明らかにオーバーワークになって体に悪い。
もと来た道を戻り、ボールラットと戦った休憩所まで来た。
今日はここで一泊して、明日一日かけて下層を探索して、ここでもう一泊して地上に戻れば、アンナさん達に約束した三日で帰れるな。
そうと決まればキャンプの準備をしよう。
休憩所のムシロや椅子などを全て隅に片付ける。
魔導ハウスを空間の真ん中に置いてボタンを押した。
十秒後、そこに物置みたいな家が出現した。
ドアを開けて中にはいる、ランプを天井のフックに掛け、部屋の中を見渡した。
部屋の壁にはガラス窓がついていて、外の様子がよく見える。
ガラスは意外と頑丈そうで、多少の衝撃でも割れる心配はなさそうだ。
壁もドアもやはり頑丈で、魔物の襲撃も耐えることができそうだった。
そして注目すべきは部屋の隅に、簡易型の暖炉が設置してあることだ。
四角くレンガで囲っただけの空間だが、煙突がついていて煙の排出も問題なさそうだ。
試しに魔導コンロを暖炉の中に入れてボタンを押してみた。
空気の流れは煙突に向っていて、これなら煮炊きが出来そうだ。
酸欠にならないか心配だったが、窓がスライド状に開けることが出来て、空気の換気も気にならなかった。
俺は夕食の準備を開始する。
まずテーブルと椅子を出し食材を出した。
簡易的な食べ物はリュックに入れてあるが、お昼に食べた焼きそばパンや串焼き肉を毎食食べるのも味気ない。
それに万が一調理ができない状況におちいった時、食べる分がないと困ってしまう。
一人暮らしで自炊を少しやっていたので、最低限の料理はできる。
鉱山の暗い雰囲気で滅入ってしまう気分を、少しでも紛らわすため料理を始めた。
鍋に水を張り火にかけてしばし待つ、野菜をぶつ切りにして入れ、市場で見つけた塩漬けのベーコンも一緒に入れた。
塩コショウで整え、素朴なスープが完成した。
冷めないようにリュックに入れておく。
次はステーキを焼こう。
オリーブオイルを入れ加熱したフライパンに、塩コショウで下味を付けたピグフェロのステーキ肉を投入する。
ジュッといい音が出て、肉の焼けるいい匂いが部屋の中に広がった。
片面をじっくりと動かさずに焼く、頃合いを見てひっくり返し、もう片面もよく焼く。
シンプルだが美味しく焼けた。
皿にステーキを盛り付け、リックから黒パンを出しテーブルに置く、スープを深皿によそい、コップにコーラを注いだ。
「いただきます!」
思わず独り言を言って苦笑いをする。
サラリーマン時代も部屋で一人夕食を食べる時に言っていたのを思い出した。
腹が一杯になれば人は眠くなるもので、俺も例外なく睡魔が襲ってきた。
部屋を片付けて寝袋を出す。
道具屋の親父がくれた寝袋は、中に入るとなかなか暖かく快適だった。
魔導ランプを消して暗闇に身を任せる。
明日はいよいよ鉱山下層の探索だ、期待と不安を抱えながら、いつしか夢の中の住人になっていった。




