ルアルディとラーモンド (アラン・キリル・ラウラ)
一人称です。
【王国の花名】の《新婚編》&《育児編》の第五話「一幕の会話」の前にお読みいただけば幸いです。
ルアルディとラーモンド(アラン・キリル・ラウラ)
~ご子息様の独白~
独白しよう。俺はモテる。
生まれながらに神童と呼ばれ、貴族の上位を占める権力に加え見目麗しい容姿に産んでもらったためか、俺は昔からチヤホヤされてきた。自分に勝る同性などいないのだと、そのときは信じて疑わなかった。
もちろん、俺に惹かれない女もいないのだ、と。
十代の後半、そのころには、女を見れば口説くというのが脊髄反射になっていた。口説かねば失礼だとも思っていた。妹には口を酸っぱくして「そんなんだから恋人ができないんだよ」と言われていたが、引手あまたの俺が特定の人を決めては世の女性がかわいそうだと言い返してやった。
もちろん生ゴミを見る目で見られたが。
ああ、けれど俺が世の一番であるとは考えなくなっていた。十二の冬、忘れもしない。
俺はとある男に出会った。
とりたてて整った顔立ちではないのに、なぜか眼を惹く男だった。部分部分のパーツがいいのか、妹は彼を気に入ったようだ。そうくれば、兄の査定が入るのは当たり前だろう?
奴を調べに調べた。家柄よし、頭よし、見目も悪くないとくれば、俺の妹にも釣り合うかもしれない。やあだけど性格は大事だ。でも性格を知るには奴と交流を持たねばなるまい。
奴は極端に人付き合いがない――というより、部屋に籠って研究をしているらしい。アヤシイ奴め。うん、我がかわいい妹を嫁にやるならそれくらい朝飯前だ。
結局俺は奴に近づいた。
キリル・ヴェニカ・ラーモンド――奴の本当の名前らしい。しかし父方からは一族と認められず、キリル・ラーモンドと名乗るのが通常のようだ。
ラーモンド家といえば最近台頭してきた家だ。どこでそんなに莫大な金をつくるのかわからないが、とにかくきな臭いことだけはわかった。
ここで調査をやめていればいいものを、俺は奴の天才的頭脳に気づいたのだ。もしかすれば俺をも超えるかもしれない――結果的に超えるどころか俺自身が足元にも及ばなかったのだが――その聡明さは他に類を見ない。めずらしいことに、俺はこの男を気に入ったのだ。
キリルは変人だが、同じくらい面白い奴だ。
奴はとりわけ美形ではない。けれど自分の顔の使い方を知っている。
奴は話術に秀でているわけでもない。けれど己の云うとおりに他者を動かす術を知っている。
なんてことだ。
こんなに希薄そうなのに、こんなにふてぶてしい奴は見たことがない。
「お兄ちゃん、わたしよりキリルさんに近づいてない?」
ジト目でそういう妹に、
「妹じゃなくて姉なんですけど」
いや、実際は双子で、俺の方が先に出てきたから兄なんだが、
「どうでもいいから、ね! わたしもキリルさんのとこに連れて行ってよ」
という暴力的な――ゴホン、可愛いいも……あ、姉の命令を拒めず、さっそく翌日からきょうだい揃って奴の研究所へとお邪魔した。
それが数年続いたある日のこと。
その日の昼下がり。俺は親友となったキリルに呼び出された。めずらしいことだ。すこしだけわくわくして彼に会う。
部屋に入るなり、彼はにっこり笑って――
「家、潰れちゃった」
とのたまい、さらに、
「謀反の疑いで処刑されるかも」
なんてきらっきらの笑顔でにこやかに言うものだから。
「ふっざっけっんっなっ!」
怒り心頭。とりあえず、彼の奇妙奇天烈な研究の成果で敵を撃退しつつ――触ると毛むくじゃらになるマントや、身に着けるだけで酔っぱらう手袋など――うちで匿います。
うちは結構大きな家だ。そうそう危険はないだろう、と思っていたが。
ルアルディとラーモンドはグル、という噂が広まっていた。
あ、自己紹介が遅れたけれど。俺の名はアラン・ジグツィーガ・ルアルディ。ちなみに妹はラウラ・ジグツィーガ・ルアルディ。つまりルアルディは実家である。
なぜだと頭を抱えれば、俺の父とキリルの父がともに企みごとをしていたようだ。
なんてことだ! だから俺はたやすくラーモンド家に侵入できたのかと嘆く。ラウラは半目で、「お兄ちゃんって頭いいけど馬鹿だよね」と蔑んだ。それにしてもさ、普段から「お兄ちゃん」呼びなのにこっちが「妹」って呼ぶと絶対対抗して「姉だ」と言い張る、変なところで意地っ張りな妹です。かわいいからイイけど。
こうなったら仕方がない。いつまで家に引きこもっていたって、一家全滅だろう。そんなのイヤだ。
「キリル、例のモノはあるか?」
「んー、もちろん。ちゃんとレポートにまとめたよ」
キリルの返事に、満足げに頷く。
以前開かれた夜会で、とある令嬢が言っていた……王宮には優れた医師がすくないらしい。
キリルという男は、変人だが天才である。本当の天才は時代より先に行くため、なかなか他人から受け入れられないが、彼の場合は実の父親がそうだった。
けど、俺たちはちがう。わかるんだ。奴の研究はお遊びみたいなふざけたものから、世界を変える大きなものまであるということを。
この頭脳を、むざむざ殺させやしない。
情報を集めたところ、ラーモンド家は亡国の王族に連なる者たちらしい。よって現当主は日陰の身にいるのがたまらないらしく、他国と手を組んで反乱を起こした――よりにもよって、あの暴君の息子相手にさ。それにうちの親父も加担しているらしい。
ひとまず己と妹と親友の命が最優先だ。
「いいか? 俺様の言うとおりにしろよ」
「鬼畜ぅ」
「お兄ちゃん最低!」
……意味がわからない。
とりあえずキリルの首を絞めて反省させ、妹にはデコピンしておいた。
「はー、死ぬかと思った」
「おまえフザケンナよ。こちとら真面目なのに……」
「いいから話が脱線してる。さっさと説明してよ、お兄ちゃん」
泣きたいのを堪えつつ、俺はキリルのレポート片手に教えてやる。
キリルの研究のなかには、未知の武器になるものや、新しい薬になるものまで様々だ。
もし戦争を好む首謀者なら武器の資料を渡せばいい。しかし今回の事件の話を聞けば、どうも王子サマはそういった趣向ではないらしい。よって必要なのは、平和な研究成果。
つまり、医者に一か月みて治してもらう病が、たった一週間薬を服用するだけで治るというレポート。まだその域に達しているものは数個ではあるが、ひとつでも莫大な力になると有能な人間なら気づくだろう。
俺たちは人脈を使い、包囲された屋敷から抜け出して、直接王城へ向かった。実は王子自ら登城せよと命令があったらしいが、聞かずじまい。結果的に同じことだからよしとしよう。
さて、見事に作戦は功を奏した。いろいろ端折るが、とにかくうまくいったのだ。
というか、もともと俺たち息子は陰謀に加担していないことは調べ上げられていたらしい。王子ってすげぇや。
けれどこの研究の成果の、また行動力や決断の素早さを買われ、二年後には晴れて十貴族の一員だ。
相変わらずラウラはキリルに惚れてるし、キリルはキリルでラウラのこと気にしているみたいだけど……まだ研究のほうに愛が傾いている。
俺たちの親父も、キリルの親父も獄中で何者かに殺されたらしい。ある意味遺恨は残らずだ。それは俺たちの家庭事情に精通しているならわかりきったことだろう。
結局息子を道具としか見ていなかった人間は、足元をすくわれたのだ。
ただ、父たちが犯した罪を償おうというなれば、彼らが欺こうとしたこの国を支えていけばいいと思う。だから俺は十貴族を拝命したし、キリルは研究に没頭しつつも消して任務を忘れない。
生き残った俺たちは、俺たちで立っていくしかないのだ。
それにしても……
あれから、また二年が経った。相変わらずな日々を、相変わらずな人間と過ごしているけれど。
一度地に落ちたかに見えた栄光は、再びめぐってきたようだ。
ルアルディのご子息とラーモンドのご子息は、今やその当主である。
「とりあえず、陛下には恩返しをしないとねぇ」
「研究は秘密裏に進めている」
「わたしは結婚式の準備を! ね。キリルさん」
キリルは陛下の命に背き、武器を開発している。世界は平和に向けて動いてるのに。
でも、こいつの勘は当たるんだ。研究をやめないのは、いつか使う日がくるからだろう。
妹の爆弾発言には聞かなかったフリをして。
俺たちは、アルティニオス陛下とその王妃様の披露宴へ向かった。
このあとの、悲劇を知らぬまま――
*
「どこが悲劇なの? 自業自得じゃない」
「ラウラ、アランは賢いけど馬鹿だから……特に女性関係」
「きゃっ! キリルさんがはじめて名前で呼んでくれたっ」
「……そ、そうかな……」
「こらこらこら~! 俺を差し置いてなにしてんだ」
とりあえず、平穏なようです。
ってコラコラ、イチャつくのは俺の見てないとこでこっそりしなさい!
ずっと書きたかった中編くらいのお話をコンパクトにしてみました笑
プロットは軽く以前にメモされていたものを活用。
思っていたよりルアルディがお馬鹿キャラのナルシストになった!
ラーモンドさんはクールな研究オタクになった!
ラウラは愛らしいままだ!(ぇ
ふたり自体は本編に出てませんが、ふたりのことは貴族の令嬢たちが繰り広げた会話で取り上げていましたv
このお話のつづきのような小話は、
【王国の花名】の《新婚編》&《育児編》の第五話「一幕の会話」にて。