第7話 夜のパーキングエリアにて
禁域災害って名前をつけた奴は、中々いいセンスだと思いますよ。人から見た禁域存在ってのは、発生の予兆が掴めず、無差別に生命を食らう、正しく災害と呼ぶにふさわしい。
だが、実際のところ、アレらは本質的に出来損ないだ。或いは、未熟児と言い換えてもいい。
何かしらの条件が整った時、禁域存在はこの世に発生、あるいは召喚しうる。それが自然的であれ、人為的であれおかまいなくだ。
この条件って奴は、個体ごとに大きく異なってるんで、詳しいこたぁわかりません。ただ1つ、この世の理に順応させる手順が抜け落ちること以外はね。
結果的に不完全な発生が故、奴らはこの世の理に、存在そのものを拒絶されちまう。これこそ、連中が人を襲う根本の理由。
我々が呼吸をするのと同じ。この世で消えちまわない為に、ですよ。
元々連中が住むべき世界は、常世か隠世か、天国か地獄か、残念ながらその辺はわかりようもない。ただ、人の生きる世の理からは、排除すべき異物として扱われているということだけ。
この警備網の抜け穴が、生命を奪い喰らう事。禁域災害こそ奴らにとっての命綱だってのが、俺が経験と結果から導き出した答えですよ。
これを前提として、お嬢やんが追い回されてる理由を改めて説明するなら――。
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「あんまりデカくて食いきれなかった残り物、って奴ですかね?」
「まさか、自分の命が残飯扱いされるとは思わなかったわ」
寂れたサービスエリアの片隅、ようやく静かになった車の中。
私は唐揚げ串を頬張りながら、サラりと言い放たれた自身の珍妙な状況に、げんなりとした感想を投げ返す。
「ごめんね。先生は言葉選びが悪いから」
申し訳なさそうにこちら気遣ってくれるのは、運転席でチマチマと唐揚げ串を齧っているととさんである。
小柄な体格も相まって、なんとも小動物みたいな人だと思う。ヒョロりと背の高いボツさんとは、かなりの凸凹コンビだ。
尤も、起伏が激しいのは見た目に限った話でもなく、言い放った本人はカラカラと笑うのみ。
「あくまでイメージですよ。イ、メ、ヱ、ジ。食べ残しかどうかなんざ、人の身には知る由もなし」
本当だろうな、と聞きたくなる。
ムクガミナントカという化物を相手に、魔法か手品かという不思議な力を使い、真正面から平然といなしてしまった男を、自分の考える普通の人と見ていいのだろうか。
ボツさんとは一体何者なのか。率直に聞いたところで、多分まともに答えてはもらえるとは思えず、私は膨らむクエスチョンを一端置いておくことにした。
「……仮に私が食べ残しだとして、わざわざ狙って追いかけてくるのは理解できないわ。獲物にするなら、他にいくらでも居るでしょうに」
「可能性を論ずるとすりゃあ、やっぱり禁域から逃げ延びた特別さが、重要なトコなんじゃないですかね。お嬢やんと同じようにできた奴ぁ、誰一人として居ねぇんですから」
理由がなんであれ、既にお前は普通の人という枠からはみ出している。そう言われた気がして、少しだけ身体が強張った。
ボツさんの言葉はあくまで仮定に過ぎない。ただ、自分のことが分かっていない、というのは恐ろしいことに思え、私は更に質問を重ねる。
「その禁域っていうのは、結局なんなの」
「本来の意味としちゃあ、単純に立ち入り禁止の場所ってとこですが、この災害に関してならむしろ、禁足地って言った方が分かり良いですかね」
「そっちも聞いた事のない言葉なのだけれど」
多分、ボツさん的には噛み砕いたつもりだったのだろう。私が首を傾げれば、行儀悪くコーヒーの缶を咥えたまま、困ったようにうーんと唸った。
そんな彼の悩む様子を見かねたのか。野菜ジュースの紙パックがポコンが鳴ったかと思えば、反対側から助け船が流れて来た。
「立ち入り禁止っていう意味は同じ。だけど、その理由は普通じゃなくて、たとえば聖域や神域だったり、現世と常世や隠世との境界結界があったり、何かが封印されている土地みたいな。禁足地ってそういう場所のことだよ」
「下手に踏み入っちまうと、カジュアルに祟られたり神隠しにあったりする場合が多くてねェ。だからこそ人間側から立ち入り禁止にしてる、ってぇ感じです」
ルームミラー越しに視線を合わせてくれるととさんの説明と、ついでと言った様子の補足事項に、ようやく意味に理解が及ぶ。
ざっくり言えばオカルト的な立ち入り禁止。正直、こんな状況に巻き込まれていなければ、私は馬鹿馬鹿しいの一言で斬り捨てたであろう。否、できるものなら今でもそうしたい所だが。
「なら、あのショッピングモールがそうだった、ということ?」
「いんや。今回の場合、そうなったって言った方が正しいでしょうねぇ」
「何それ。後から出てきたのなら、ほとんど言いがかりじゃない」
「ええ、人の理屈に照らせば、全くお嬢やんの言う通り。ですが、神だの物怪だのって連中にとって重要なのは、あくまで禁域に踏み入っちまったという事実なんですよ。たとえそれがイカサマ丸見えの後出しジャンケンであっても、ねぇ」
呆れて物も言えないとは、こういう事なのだろう。小学生もビックリな屁理屈具合に、憤りすら浮いてこないのだから。
化物さんにとっては死活問題を解決するための合理的な手段なのかも知れないが、巻き込まれた方からしたら堪ったモノではない。挙句、エリアの外へ出ても追いかけてくるとなると、悪質ストーカーもいいところであろうと、僅かに疼くこめかみを抑えながらため息を吐いた。
「はぁ……神様だか化物だか知らないけど、はた迷惑な話ね」
「まぁまぁ、あくまで全部予想ですよ。人外の真意なんざ測れるものでなし。もしかしたら、単純にお嬢やんの生命の味が、古今東西探しても見つからないくらいの絶品だったとか、そんな理由かも知れませんし」
苦笑交じりの笑えない冗談は、彼なりの慰めなのか、単にからかっているだけなのか。どちらにせよ、頭が痛くなるだけなら最早原因究明などどうだっていい。
「それで、これからどうするつもり? ムクガミとかいうのが死んでいないなら、私はまだ帰らせて貰えないのでしょう、人攫いさん?」
ふぅと息を吐きながら、貰ったミルクティを小さく口に含む。
舌を撫でる液体の甘さと、口の中にもたらされる一時的な潤い。
それをコクンと飲み下した所で、今までの饒舌さが嘘のように途切れた声に、はてなと顔を上げれば、2つの顔がヘッドレストの隙間から揃って覗いていた。それのどちらもが、まさしく鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして。
「え、何」
目をぱちぱちさせている2人の異様さに、身体を少しドア側へ退かせれば、ようやく我に返ったのだろう。ハッとしたボツさんは、どうしてか複雑そうに頬を掻いた。
「あ、あぁー、そのなんだ……話が早いのはひじょーに有難いんですがね。こう、あんまり物分りが良すぎるってのも、大人としちゃあ逆に心配になるって言いますか」
歯切れの悪い狐顔に、激しく首を縦に振って同意を表す自称大人。
自分の事を、人と比べて物分かりがいい方だ、なんて思ったことはない。それこそ、わざわざ親や教師を煩わせようと考える程ひねくれてはいないにせよ、生来愛想とは無縁の質であり、手のかからない素直ないい子、とはかけ離れているだろう。
こと、こういう微妙な反応をされると、そういう斜に構えた部分は躊躇いなく顔を出す物で。
「帰っても大丈夫なら、迷わずそっちを選ぶけれど。いい加減、自分のベッドが恋しいもの」
「い、いやいや冗談ですよ冗談! 御協力頂けるなら、願ったり叶ったりってもんでして!」
「……はぁ、面倒くさい」
ワタワタとし始める大人の男。大袈裟な反応な気もするが、助けてもらった感謝から、ここまで振り回されっぱなしだったことを引いた分で、ほんの少しだけ、してやったりと思わなくもない。
ただ、背もたれに身体を預けて肩の力を抜くと、今度は驚いたような感心したような吐息が聞こえてきた。
「ほぁー……まだ高校生なのに、柚本さんは凄いね。怖くないの? 禁域存在も、それから私たちみたいなのも」
「普通に怖いですよ。他に選べる道がなかっただけ。ただ――」
少し言葉を考えた。
実際、先のことを考えれば、後どれだけの間、この意味不明な人達と一緒に過ごし、どれだけの危険な目が先に待っていて、何時元の生活へ戻れるのか、という不安が拭えるはずもない。
それでも、施設の中で連れて行ってと言ったのは、他でもない自分の口だ。自力で解決できる力も知識もない以上、最早頼れる先は彼らだけ。
当然、限られた選択肢だったのは嘘じゃない。けれど。
「ボツさんが専門家だということについては、信じられると思っているから」
できるだけハッキリわかりやすく。そう思いながら言葉にすれば、そうなった。
人攫いと自己紹介した男とその仲間を、果たしてどこまで信じられるのか、信じていいものかはわからない。けれど、私はここに至るまでの間に、言葉以外に信じられる物を、自分の目で確かに見た。
先を思えば少なくとも、常識を信じて闇雲に逃げるより、非常識に頼っていた方がいいのではないかと、そう思えるくらいには。
一旦吐いた唾は決して戻らない。またしても流れた沈黙は少し居心地が悪かったが、それを間もなく打ち破ったのはボツさんの笑い声だった。
「なっはははは! こりゃあ大した殺し文句だねぇ! いやはや真面目な学生さんだとばかり思ってましたが、中身は意外と魔性の女だったりします?」
「やっぱり今すぐ帰らせて。というか、もう自力で帰るし車から降ろして」
前言撤回。頼る相手を全力で間違えた気がしてならない。
ならば長居など不要と、狭い車内で無理矢理立ち上がろうとすれば、慌てた様子でととさんがパタパタと小さな手を振った。
「お、落ち着いて柚本さん! もぉ先生、早く謝って!」
「うーん、俺ぁこれでも褒めたつもりなんですがね。年頃乙女の心とは、斯くも繊細、また難解なるや――おぉおぉお嬢やんお嬢やん、ストップストップ。椅子ガタガタ揺らすんやめて、コーヒー塗れになっちまうぅ」
行き場を失った羞恥心は、助手席を揺さぶったところで消えるはずもない。
この胡散臭い着流し男に、余計なことを口走ってしまった数秒前の自分が、なんと恨めしいことか。色々感謝すべきことはあっても、気を許していいかは全く別問題と考えねばならないらしい。
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赤い光の点滅を受けながら、俺は壁に背を預けて大きく煙を吐く。
薄ら暗い企み事のツケは、想像していたよりも遥かに大きい。上はどう説明するつもりかは知らないが、明日のトップニュースとして報じられることは間違いないだろう。
結局、俺たちは何も得られなかった。残ったのは血塗れの地面だけだ。
「ここに居たか、郷原」
ジャリとなった足音に顔を上げれば、そこに立っていたのは薄汚れたシャツ姿の太った男。
正直、少し驚いた。
「小野田さん……動いて大丈夫なんスか?」
「大したパンチだったよ。数十メートルぶっ飛ばされ、最初は内臓が潰れたかと思った程だが、意外にも大した怪我はない。どうやら、運動にも食事制限にも消えぬ私の脂肪は、相当に頑丈らしい」
「そりゃ努力が足らんだけでしょうが。ちっとも羨ましくありませんよ」
そうかね、と苦笑しながら、小野田室長は俺の隣へやってきて、同じように壁へもたれかかる。
上司がヒビ割れた眼鏡越しに見ているのは、多分自分と同じ景色。赤色の点滅が、警備に立つ職員の身体に影を落としているだけの、なんとも滑稽な様子だ。
短くなった煙草を地面で踏み消し、口から緩く紫煙を吹く。
「意識不明5名に多数の重軽傷者。ただの労災って恰好で通る案件ですか、コレ」
「上は確実に通すだろう。どれほど無理筋であろうとも、全てを偶発的な問題に対処した結果としなければ、どこまで首が飛ぶのか想像もつかん。尤も、アレが呼び水ではなくこちらを狙ってきていたとすれば、この場に居る誰一人として、形を留めてはおらなんだろうがな」
自嘲するように、小野田室長はフッと口の端を釣り上げる。
これが少女を騙し軟禁するという行いを因として、導き出された果なのだとすれば、応報の果てに首が繋がっていることを感謝せねばならないだろう。
法力神力に多少通じていたところで、あくまでこの身は人なのだから。
「結局、俺らは自然消滅を待つくらいしかできんと、そういうことですか」
「退屈かね?」
「この陰鬱真っ盛りの仕事場で、無力感を噛み締めて働く事をそう言うんでしたら、全くその通りでありますよ」
皮肉としか思えない問いかけに、より分厚く皮肉で塗り固めた言葉を吐き棄てる。
これが失敗だった。ヒビの入った眼鏡がきらりと輝き、ご自慢の肥えた身体がゆっくりとこちらへ向き直る。
「では丁度いい。気分転換も兼ねて、外回りの仕事を頼んでおこう。構わんね、郷原補佐?」
吐いた言葉は戻らない。その癖、つい数秒前までは想像の1つも浮かばなかったと言うのに、今になって次に何を言われるのかは半ば確信している。
あるいは、俺という人間を良く知る室長だからこそ、これは一種の気遣いだったのかもしれないが。




