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さよなら、婚約者様  作者: 雨傘 はる


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6/8

彼女のこと


隣国の王女殿下に恋心を抱き、失恋した男が凶器を持ち出し、婚約者を守ったアデイラが刺された。

衝撃のニュースは一気に社交界に広まり、目撃者も大勢いたことから、捜査と治療を王家が主導した。


犯人はその場で取り押さえられ、すぐに取り調べが始まった。

犯人は、王女とクロードの仲を聞きつけ、わざわざ隣国から乗り込んできた貴族子息。事は国家間の問題に発展している。


隣国の王女とクロードの家族、そしてアデイラの家族は、諸々の事情を聞くため国王に召喚された。

そこで明かされたのは、アデイラの孤独と最近の不安定さ、クロードの不誠実な対応だった。


確かに、アデイラは過剰なほど婚約者に惚れ込み、言い寄る女には苛烈な仕返しをしていた。

だが、そもそもクロードがきっぱり断るなり遠ざけるなりすれば、彼女とてそこまで荒れなかっただろう。


苛烈さの責任は、すべて彼女一人に背負わされ、家族や婚約者は彼女を遠ざけた。

そして、社交界中で噂になるほどクロードと王女の仲が深まるにつれ、アデイラは不安定になる。

徐々に痩せ、そして感情を失っていくようだった。


その頃になって、兄やクロードが異変に気づくも、手を打つ前に事件が起きた。

王女は私室として与えられた部屋に軟禁され、国家間の問題が片づくまで出ることは許されない。


原因の一端となったクロードは、婚約者への義務の放棄も併せて問われている最中だ。

クロードには、以前から王太子も第二王子も、何度か諫言していた。時には王妃も。


それでも改めなかったのだから、責任がすべてアデイラにあると言い張るのは無理がある。

好きだの嫌いだので、政略結婚を軽視するのが王族では、示しがつかないのだ。

おそらく、王弟一家は近いうちに臣籍降下される。


王族は王族として生きて死ぬのが当たり前のこの国で、臣籍降下するのは問題ありの王族であると周知するのと同義だ。

公爵令嬢が嫁ぐに値する爵位が与えられるかは、陛下の判断次第。場合によっては、婚約は白紙だろう。


第二王子はというと、王宮医務官たちによる医療チームに補佐として参加している。

あまりの顔色の悪さは、刺された腹の失血だけではない。かなり痩せた身体は、栄養状態もよくなかった。


腹の傷は何とか縫合し、出血も止まった。あとは、意識が戻るのを待つばかり。

目覚めた時のために、着替えをアデイラの兄に頼むと、彼は蒼白な顔で医務室に戻ってきた。


「……空っぽだったんだ」


友である第二王子の肩に手を置き、絶望したように暗い声が綴る。


「何もないわけじゃない。でも、最低限の物しかない。あまりにも物が少ない」


よくよく聞けば、異様に整理整頓された部屋だったのだと言う。

淑女の私室には、たとえ兄妹でも異性は立ち入らないから気づかなかったと、彼はひどく狼狽えていた。


「ドレスも数着、アクセサリーもほとんど売ったらしい。売ったお金は、私の名義になっていた」


「は?」


「嫁入り前の整頓だと、侍女には話していたらしいが……おかしいだろう。物は持って行けばいいし、置いて行っても構わないし、何より貯蓄は個人資産にすればいい」


なぜ、必要もないのに物を減らしたか。なぜ、お金を兄に残したか。


なぜ、凶器の盾になったのか。


ぞわりと、第二王子の背筋に冷たいものが走る。

意識を取り戻すには、本人の生きる気力が必要だ。根性論ではない。体力のない今は、気力頼みなのだ。


────まさか。


彼女が何に絶望したのか、どんな風に絶望したのか、想像するのは難しくない。


公爵夫妻は娘を放置し、今になって慌てているが、彼女には与り知らぬことだ。

兄とは、長く不仲だったと聞く。最近は少し交流があったようだが、足りないと本人も自覚している。


帰る場所もなく、行く先にも希望を持てなくなった公爵令嬢。

戻ってきてほしいと心の底から願っているのは、自分と友人たちなのではと第二王子は思っているくらいだ。


友人たちからは、何度も第二王子の元に手紙や花が届く。

クロードや彼女の家族たちは、自分のことで手一杯なのだろうか。これまでの関係性が窺えるというものだ。


友人の数人から、もし必要ならと前置きした上で、婚約の結び直しも提案があった。

自身の兄弟や家門の者に心当たりがある、と。第二王子も考えていたことだ。


第二王子は、アデイラの友人の婚約者たちと仲がいいため、割と近い場所で彼女を見てきた。

男女の性差や婚約関係などを鑑みて距離を保っていたから、遠回しな助力しかできなかったけれど。


「……ダンスをしよう、アデイラ嬢」


未だ目覚めないアデイラに、今日も第二王子は話しかける。

彼女がダンスを好きとは、たぶん誰も知らなかった。踊るところを、誰も見たことがないから。


「私はなかなかの腕だよ。きっと、きみも楽しめる」


王族として嗜んできた必須科目が、彼女の望みを叶える一助になればいい。


孤独で不器用な少女は、苛烈に棘を張り巡らせるしか、身を守る術を持たなかった。

そのことがひたすら哀れで、狂おしいほど愛らしかった。




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