彼女のこと
隣国の王女殿下に恋心を抱き、失恋した男が凶器を持ち出し、婚約者を守ったアデイラが刺された。
衝撃のニュースは一気に社交界に広まり、目撃者も大勢いたことから、捜査と治療を王家が主導した。
犯人はその場で取り押さえられ、すぐに取り調べが始まった。
犯人は、王女とクロードの仲を聞きつけ、わざわざ隣国から乗り込んできた貴族子息。事は国家間の問題に発展している。
隣国の王女とクロードの家族、そしてアデイラの家族は、諸々の事情を聞くため国王に召喚された。
そこで明かされたのは、アデイラの孤独と最近の不安定さ、クロードの不誠実な対応だった。
確かに、アデイラは過剰なほど婚約者に惚れ込み、言い寄る女には苛烈な仕返しをしていた。
だが、そもそもクロードがきっぱり断るなり遠ざけるなりすれば、彼女とてそこまで荒れなかっただろう。
苛烈さの責任は、すべて彼女一人に背負わされ、家族や婚約者は彼女を遠ざけた。
そして、社交界中で噂になるほどクロードと王女の仲が深まるにつれ、アデイラは不安定になる。
徐々に痩せ、そして感情を失っていくようだった。
その頃になって、兄やクロードが異変に気づくも、手を打つ前に事件が起きた。
王女は私室として与えられた部屋に軟禁され、国家間の問題が片づくまで出ることは許されない。
原因の一端となったクロードは、婚約者への義務の放棄も併せて問われている最中だ。
クロードには、以前から王太子も第二王子も、何度か諫言していた。時には王妃も。
それでも改めなかったのだから、責任がすべてアデイラにあると言い張るのは無理がある。
好きだの嫌いだので、政略結婚を軽視するのが王族では、示しがつかないのだ。
おそらく、王弟一家は近いうちに臣籍降下される。
王族は王族として生きて死ぬのが当たり前のこの国で、臣籍降下するのは問題ありの王族であると周知するのと同義だ。
公爵令嬢が嫁ぐに値する爵位が与えられるかは、陛下の判断次第。場合によっては、婚約は白紙だろう。
第二王子はというと、王宮医務官たちによる医療チームに補佐として参加している。
あまりの顔色の悪さは、刺された腹の失血だけではない。かなり痩せた身体は、栄養状態もよくなかった。
腹の傷は何とか縫合し、出血も止まった。あとは、意識が戻るのを待つばかり。
目覚めた時のために、着替えをアデイラの兄に頼むと、彼は蒼白な顔で医務室に戻ってきた。
「……空っぽだったんだ」
友である第二王子の肩に手を置き、絶望したように暗い声が綴る。
「何もないわけじゃない。でも、最低限の物しかない。あまりにも物が少ない」
よくよく聞けば、異様に整理整頓された部屋だったのだと言う。
淑女の私室には、たとえ兄妹でも異性は立ち入らないから気づかなかったと、彼はひどく狼狽えていた。
「ドレスも数着、アクセサリーもほとんど売ったらしい。売ったお金は、私の名義になっていた」
「は?」
「嫁入り前の整頓だと、侍女には話していたらしいが……おかしいだろう。物は持って行けばいいし、置いて行っても構わないし、何より貯蓄は個人資産にすればいい」
なぜ、必要もないのに物を減らしたか。なぜ、お金を兄に残したか。
なぜ、凶器の盾になったのか。
ぞわりと、第二王子の背筋に冷たいものが走る。
意識を取り戻すには、本人の生きる気力が必要だ。根性論ではない。体力のない今は、気力頼みなのだ。
────まさか。
彼女が何に絶望したのか、どんな風に絶望したのか、想像するのは難しくない。
公爵夫妻は娘を放置し、今になって慌てているが、彼女には与り知らぬことだ。
兄とは、長く不仲だったと聞く。最近は少し交流があったようだが、足りないと本人も自覚している。
帰る場所もなく、行く先にも希望を持てなくなった公爵令嬢。
戻ってきてほしいと心の底から願っているのは、自分と友人たちなのではと第二王子は思っているくらいだ。
友人たちからは、何度も第二王子の元に手紙や花が届く。
クロードや彼女の家族たちは、自分のことで手一杯なのだろうか。これまでの関係性が窺えるというものだ。
友人の数人から、もし必要ならと前置きした上で、婚約の結び直しも提案があった。
自身の兄弟や家門の者に心当たりがある、と。第二王子も考えていたことだ。
第二王子は、アデイラの友人の婚約者たちと仲がいいため、割と近い場所で彼女を見てきた。
男女の性差や婚約関係などを鑑みて距離を保っていたから、遠回しな助力しかできなかったけれど。
「……ダンスをしよう、アデイラ嬢」
未だ目覚めないアデイラに、今日も第二王子は話しかける。
彼女がダンスを好きとは、たぶん誰も知らなかった。踊るところを、誰も見たことがないから。
「私はなかなかの腕だよ。きっと、きみも楽しめる」
王族として嗜んできた必須科目が、彼女の望みを叶える一助になればいい。
孤独で不器用な少女は、苛烈に棘を張り巡らせるしか、身を守る術を持たなかった。
そのことがひたすら哀れで、狂おしいほど愛らしかった。




