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さよなら、婚約者様  作者: 雨傘 はる


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4/8

心の静謐


クロードを追いかけなくなると、途端に手持ち無沙汰になる。

アデイラは今、非常に困っていた。


いつもなら、ほんの少しでも会おうと、王宮の彼の職場に出向いて差し入れをしたり、門の前で待ってみたり。

手紙を書いて、贈り物を選んで、夜会のドレスを仕立て、嫁入り教育のため呼ばれてもいない王弟宮へ行く。


クロードに関することをしなくなると、茶会や家政くらいしかやることがない。

うろうろと落ち着かないアデイラは、気を紛らわすため茶会の予定を多く入れた。人脈と情報にさらに強くなった。


恋心は、ずっとある。会いたい気持ちも。ただ、向き合う勇気がない。

他の人に恋をするクロードは、アデイラにとって恐怖の対象でもあった。


絶対に振り向かない婚約者。他の人を愛する婚約者。

アデイラにはいつも素っ気なく、手紙も贈り物も、夜会のドレスもダンスもない。

笑顔など、最後に向けられたのはいつだったか。名前を呼ばれたのは。


そんなことを考え出すと、ぐるぐると淀んだ沼に足を取られて、身動きが取れなくなった。

きっと、そろそろクロードは訝しむ。あんなに執着していたアデイラだから、急に距離を取ったら怪しむかもしれない。


わかっているのに、どうしても動けない。


両親にも、兄にも愛されないアデイラには、クロードしかいないのに。

彼と婚姻しても、最低限の義務すら果たされるかどうか。

そのうち、疎むことすらなくなって、視界にも入らなくなるかもしれない。


一生、死ぬまで、だ。


ぞっとする。今のような孤独が、きっと死ぬまで続くのだ。

でも、もう決まったこと。貴族の政略結婚など、本人の意思は関係ない。当主が決めるものだ。


クロードからの先触れを受け取ったのは、そんな日々の合間。

どうしたものかと迷っている間に、彼の来訪を告げられて仕方なく身支度をした。


私的スペースではなく客間を指定したアデイラに、専属侍女は少し心配そうにしながらも、静かに部屋を辞した。

いつも義務的な彼女が感情を表に出すほど、今の自分は正常じゃないのか。もう、アデイラにはわからない。


愛しの婚約者に会うというのに、以前の胸の高鳴りがない。

ただ、客間の扉越しに女性の笑い声が聞こえた瞬間、一度だけ大きく鼓動が脈打った。


「まあ、アデイラ。体調はいかがかしら。クロードに無理を言って、訪ねさせてもらったの」


客間には、クロードと隣り合って王女がいた。

深いカーテシーの間で、アデイラは腹をくくる。もう、痛みすら感じない。


「最近、王宮にいらっしゃらないでしょう。少しお痩せになったかしら。どこかお悪いの?」


「お気遣い感謝いたします、王女殿下」


「いいのよ。クロードったら、お見舞いも行っていないと言うのだもの。お花くらい贈りなさいと叱っておいたわ」


「大丈夫ですわ」


淑女の笑みを貼りつけて、至って穏やかに言葉を交わすアデイラを、クロードが訝しげに見ている。

けれど、そちらに視線を向けることはせず、アデイラは王女のおしゃべりに耳を傾け続けた。


婚約者の前で、親しげに名前を呼んで、普段のやり取りを語って聞かせる。

王女は、どの立場で、どんなつもりでここに来ているのか、アデイラにはさっぱりわからない。


わからないのはクロードもだ。王女に向ける瞳に親しみ以上のものが籠っていると、もうすでに社交界中が知っている。

だというのに、堂々と婚約者の前に連れ立って現れるとは、どういう心情だろう。


────わたくしに暴れてほしいのかしら……。


王女を傷つけたと、責任を転嫁したいのか。そんな理由しか、捻くれたアデイラには浮かばないのだけれど。


「…………元気がないな」


「そうそう、王女殿下。以前の夜会のドレス、素敵でしたわ」


ぼそりと小さな囁きは聞かなかったことにした。王女はすぐに頷き、笑顔を咲かせる。


「あれね。ふふ、あれはクロードが選んでくれたのよ」


ぎしりと、心臓が嫌な音を立てた。耳鳴りがする。


「どちらにしようかしらって悩んでいて……そしたら、黄色の方が似合いますよ、って言ってくれてね。選んだとは少し違うけれど」


「……とてもお似合いでしたわ」


「まあ、ありがとう。あなたのドレスも、いつも素敵だわ」


ああ。なんだろう。こころが、ひどくにぶい。

世界が急激に遠のいて、自分一人きり弾かれたような心地になる。


苦痛すら感じないまま、お見舞いという名目の王女の語りの時間が終わると、すぐに自室へ戻り人払いをした。

先ほど飲んでいた紅茶をすべて吐ききり、それでも足りず胃液まで吐いて、ようやく落ち着く。


────心の音が、しない。


あまりに静かで、あまりに平坦で。ただ、冷たい。




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