55.それからのふたり
魔女の呪いはすべて解かれ、ことの顛末を知ったアリシア侯爵は犯人であるリリアを海外留学という名の国外追放とし、彼女は二度とこの国の土を踏むことはできなくなった。
さらには侯爵夫人と侯爵との仲にも亀裂が入り、侯爵夫人も家を追い出されるように出て行くこととなった。
そして一人侯爵家に残ることとなったポーラはというと――。
ある晴れた午後、レゼフィーヌは城の机に向かい、ポーラに手紙をしたためていた。
薔薇の刻印が押された白い封筒には、シルムとレゼフィーヌが理事長となった新しい魔法学園への合格通知が入っている。
ポーラには魔法の才能がある。その才能を自分の手で育ててみたいとレゼフィーヌは思っていた。
セント・ローズ魔法学園と名付けられた学園には、寮も完備されている。
この学園ならば家庭状況に左右されずじっくり魔法の勉強に取り組めることだろう。
「よし……っと。これでいいわね」
レゼフィーヌがペンを置くと、部屋のドアがノックされる。
「レゼ、今いいかい」
シルムの声だ。
「ええ、大丈夫よ」
レゼフィーヌが立ち上がりドアを開ける。
ドアの向こうには柔らかい笑みを浮かべる銀髪の美丈夫――シルムが立っていた。
「手紙を書いていたのかい?」
シルムは机の上の手紙に目を止めた。
「ええ。ポーラにね。彼女も色々苦労したでしょうから、これからもっと力になってあげたいわ」
レゼフィーヌは茶色い革張りのソファーにゆったりと腰掛けながら言う。
シルムもその言葉に真剣な表情でうなずく。
「そうだね。君の妹だし、僕の義理の妹になるわけだから僕も色々と力になるよ」
「ありがとう、シルム」
レゼフィーヌが微笑む。
シルムはレゼフィーヌの隣に腰掛け、肩に腕を回した。シルムの指がレゼフィーヌの金の髪を滑るように撫でる。
翠の瞳がレゼフィーヌを見つめ、蕩けるような視線はレゼフィーヌの唇の辺りでぴたりと止まった。
レゼフィーヌは真っ赤になり、視線を逸らした。
「な、なんなのよ、そんなに見つめて」
シルムは口の端を上げて悪戯っぽく笑った。
「いや? あの時は嬉しかったなって」
「あの時っていつですか」
レゼフィーヌが訳も分からず尋ねる。
シルムはとびきり悪戯っぽい顔をし、レゼフィーヌの耳元で囁いた。
「何がって、あの晩、君が僕にキスしてくれたことさ」
シルムの言葉に、レゼフィーヌの顔は耳の先まで真っ赤になる。
シルムはあの時リリアの呪いにかかっていたし、まさかキスした時のことを覚えているとは思ってもみなかったのだ。
「あ……あれは仕方なくです! 魔法を解くのは王子様のキスと昔から相場が決まっていますので!」
レゼフィーヌがフンと横を向くと、シルムは不思議そうな顔で首を傾げた。
「えっ、それだと僕がヒロインということになるけど?」
「あら、気づいていなかったの?」
今度はレゼフィーヌのほうが意地悪そうな笑みを浮かべる。
シルムはポリポリと頭をかいた。
「おかしいなあ。僕は姫を助けに来た王子のつもりだったけれど?」
シルムの言葉に、レゼフィーヌは心底おかしそうに笑った。
「シルムはそのままでいいのよ。無理して『姫を救う王子』になろうとしなくても」
だってレゼフィーヌはもうとっくに救われている。
初めてシルムが「友達になろう」と言ってくれたあの日からずっと、シルムはレゼフィーヌの心の一番大事なところにいるのだから。
シルムはレゼフィーヌの指に自分の指を絡め、そっと握りしめた。
「でもあの時は意識が朦朧としていたから実を言うとほとんど記憶が無いんだ。だからもう一度してくれないかな?」
「……馬鹿」
レゼフィーのの顔が見る見るうちに薔薇色に染まっていくのを見て、シルムが微笑む。
「良いじゃないか。僕たち婚約者同士なんだしさ」
「キスなら結婚式の時にするからいいでしょ」
レゼフィーヌはぷいと横を向いた。
シルムは柔らかく微笑むと、レゼフィーヌの滑らかな金色の髪にそっと口づけをした。
「そうだね。……楽しみにしておく」
低く甘い声でレゼフィーヌの耳に囁くシルム。
レゼフィーヌの頬が淡く薔薇色に染まる。
(――全くもう。シルムのくせに生意気よ)




