54.黒の呪い
レゼフィーヌが腕を組んで考えていると、誰かが城の方から走ってきた。
「お前たち、いったいそこで何をしている!」
走ってきたのはリリアの叔父でお抱え魔導士のゼンだ。
巨大な魔力が使われる気配がして、慌ててこの丘へとやって来たのだ。
ゼンは黒い瘴気に覆われたリリアの姿を見て、きつくレゼフィーヌを睨んだ。
「この気配は……ポーラ様の呪いを祓ったのか」
「ええ。ポーラだけじゃないわ。リリアはシルム殿下にも呪いをかけていたのでそれも払ったの」
冷たく答えるレゼフィーヌ。
ゼンは青くなって頭をかかえた。
「なんてことを。呪いがすべてリリアに逆流してしまっている。今まで私が苦労して二人を守って来たのに水の泡だ」
どうやら彼はリリアがポーラに呪いをかけていたことをすべて知っていたらしい。
「守る? 二人を?」
レゼフィーヌが片眉を上げると、ゼンは取り乱した様子でレゼフィーヌに詰め寄った。
「ああそうだ。ポーラ様の呪いを祓えばそれがすべてリリア様に戻って来る。だから私は双方に致命的なダメージが行かないように少しづつポーラ様の呪いを浄化してきたのに……」
(――なるほど、そういうことだったのね)
どうしてゼンがポーラの浄化をしなかったのかレゼフィーヌは不思議だったが、どうやら彼はリリアに致命的な呪い返しが行かないようにとポーラが死なない程度に呪いをコントロールしていたらしい。
子供がいない彼にとっては、姪っ子でしかも自分に似た赤毛のリリアは可愛い存在。
彼にしてみればリリアとポーラを守るにはこれしかないと思っていたようだが――。
レゼフィーヌは冷たい瞳でゼンを見据えた。
「ゼン、それは二人を守るとは言わないわ。呪いを誤魔化して来ただけ。例え微量でも呪いを浴び続ければ人は心身を病んでしまう。もっと早い段階でリリアに罪を認めさせて抜本的な治療をしていればここまでにならなかったはずなのに」
「それは……」
がっくりとうなだれるゼン。
レゼフィーヌは小さく肩をすくめ、息を吐いた。
「まあいいわ。手を貸して。一緒にあの化け物を封印するわよ」
レゼフィーヌが指差す先には、黒い瘴気に取り込まれ、ガクガクと痙攣し続けるリリアがいた。
「それで、私はどうすればいいのだ」
「私が魔法陣を書くから、そこに魔力を入れてほしいの。私ひとりじゃ魔力が足りないから」
レゼフィーヌが目の前の魔法陣を指さす。
レゼフィーヌの体は先ほどの戦いで消耗しており黒の魔導書を封印するだけの十分な力が残っているか不安だった。不本意だがゼンの力も借りるしかない。
「分かりました。お嬢様の命令ですから仕方ありません」
「私も手伝います!」
手を挙げたのは、カメレオンのローブを脱ぎ捨て、その場に姿を現したポーラだった。
その姿を見てゼンは驚く。
薔薇色の頬に、キラキラと輝く瞳。そしてみなぎる魔力。こんなにも溌剌として元気そうなポーラを見るのは初めてだった。
その姿を見て、初めてゼンは自分のしでかしたことに気づいた。
一人の少女の本来の姿も、未来も、才能も、全て自分が潰してきたのかもしれない。そんな後悔の念が襲って来る。
「ええ、ポーラにも手伝ってもらうわ」
レゼフィーヌは微笑む。
レゼフィーヌは地面に木の棒で魔法陣を書き、その中央に『暗黒の魔法書』を置いた。
魔法陣を書く古代式の魔法は、現代魔法に比べて発動が遅いので戦闘には向かないが、少ない魔力量で最大限の効果を発揮できる。
「できたわ。行くわよ」
レゼフィーヌの声に、ゼンとポーラはうずいた。
レゼフィーヌ、ポーラ、ゼンの三人は魔法陣の外に立つと三人で一斉に魔法陣に魔力を注いだ。
「――封印!」
レゼフィーヌの声と共に、魔法陣が白く光る。
やがて白い光は白樫の丘全体を包み込み、辺りを聖なる力で満たす。
リリアの体から黒い瘴気が湯気のように立ち上り、魔法書に吸い込まれていく。
やがて白い光が収まると、レゼフィーヌは魔法書を拾い上げた。
「――ファイア」
レゼフィーヌの炎魔法によって、黒の魔導書が一瞬にして消し炭になる。
パラパラと崩れ落ちる魔導書を見届けると、レゼフィーヌは小さく息を吐いた。
「これで収まったわね」
レゼフィーヌは振り返ってリリアの顔を見た。
気を失い力なく倒れる彼女の体からは、魔力が一切感じられなかった。
どうやら黒い瘴気を祓う際に、一緒に根こそぎ魔力も奪われてしまったらしい。
妙にすっきりしたリリアの寝顔を見て、ゼンはほっとしたようにレゼフィーヌの顔を見た。
「これでリリア様の呪いは解けたのですか?」
「ええ。『暗黒の書』の呪いは解けたわ。けれど、その子の心の中の呪いはそう簡単には解けないでしょうね」
レゼフィーヌは厳しい顔でリリアの顔を見つめた。
リリアがポーラに呪いをかけたのは、産まれたばかりの妹に嫉妬したから。
彼女はきっと、母親からの愛を奪われたと思ったのだろう。
リリアが心の底から欲しがっていたのは愛だった。
だけどそれを得るのは、地位や名誉やお金を得るよりも難しいことに違いない。
だってそれは、どんな大魔法使いだって、生み出せやしないものなのだから――。




