50.シルムの異変
「結界は何者かの手によって解除されていたわね」
途中、レゼフィーヌが真剣な顔でつぶやく。
「何者かというのは……」
「おそらくリリアのしわざね」
リリアは叔父である魔導士のゼンの力を受け継いでいた。
レゼフィーヌが叔母のエマ婦人の能力を受け継いでいたように。
「魔女や魔導士の魔力量はほぼ遺伝で決まるわ。でもその能力が受け継がれるのが直系の子供とは限らないのよ」
「なるほど」
「こっちよ、急ぎましょう」
人一人いない細い道を、レゼフィーヌとアレクは小さなカンテラと月明かりだけを頼りに走る。
幸いなことに今夜は低く大きな満月だ。足元は月明かりによってかろうじて道が見える程度に照らされている。
(なるほど、魔女の決闘にはうってつけの夜というわけね)
レゼフィーヌは考えながら、細い山道を急いだ。
「あそこよ」
レゼフィーヌが前方の丘を指さした。
巨大な満月を背景に、巨大な白樫の木が真っ黒な影を落とす。その前方に、二人の人物が立っているのが見えた。
「シルム殿下!」
アレクが駆け寄る。
「待って、アレク!」
レゼフィーヌは叫んだ。
相手がどんな罠を張っているか分からない。うかつに近づくのはまずい。
「あら、お二人さん、深夜のデートについて来るなんて野暮ね」
クスクス笑ったのはリリアだ。
「デート? 拉致の間違いではなくって?」
レゼフィーヌが問うと、リリアは不気味に口元を歪ませて笑った。
「いいえ、デートよ。だって私たち、愛し合っているんですもの」
リリアが横に黙って立っていたシルムの腕を組んだ。
すると、それまで黙っていたシルムが急に口を開いた。
「リリア……アイシテイル……」
シルムの瞳が赤く不気味に光る。
「リリア……あなた」
レゼフィーヌはじりりと少し後ずさりをした。その瞳の中には怒りの色が浮かんでいる。まさかシルムに何か魔法をかけたというのだろうか。
リリアの目が三日月のように細くなる。
「うふふ、おあいにく様。シルム殿下の身も心も、もうすっかり私のものよ。誰にも私はしないわ。オーホホホホホ!」
リリアは高笑いを浮かべると、アレクとレゼフィーヌを指さした。
「さあ、シルム殿下、愛する私のために、その二人の邪魔者を片付けてくださいな」
リリアの声に、シルムの瞳が赤く不気味に光った。
シルムはゆっくりと腰に下げた剣を抜くと、感情のない声で返事をした。
「――ハイ、ワカリマシタ」
シルムの瞳が赤く不気味に光る。
「シルム⁉」
「シルム殿下!?」
シルムがゆらゆらと剣を振り上げ、レゼフィーヌに襲いかかって来る。
金属のぶつかる鈍い音がし、アレクがシルムの剣を受け止めた。
「くっ。シルム殿下、どうなされたのですか!?」
シルムは目を赤く光らせ、カクカクとした無感情な動きでアレクを攻撃し続ける。
「どうやら魔法で操られているみたいね」
レゼフィーヌは冷たい瞳でリリアを睨んだ。
(これは――おそらくユジを操ったのと同じ魔法ね)
やはりユジを操って二人を襲わせたのもリリアだったのだろう。
恐らくだが、川にレゼフィーヌを落としたのも……。
リリアはレゼフィーヌの視線を受け止めると、クスクスと愉快そうに笑った。
「おあいにく様。シルム殿下はあなたより私のことを愛しているみたいね。さ、殿下、その二人は私とシルム殿下の恋路を邪魔する悪魔よ。早く片付けてちょうだい」
リリアの不気味な笑い声が暗い森にに響き渡る。
「シルム、目を覚まして!」
「殿下、お願いです!」
レゼフィーヌとシルムは必死に叫んだ。
だがその声は、シルムには届きそうもなかった。




