49.夜の罠
「レゼフィーヌ様、レゼフィーヌ様、大変です!」
パーティーが終わり、レゼフィーヌがドレスから着替えていると、慌てた様子でドアがノックされる。アレクの声だ。
アレクの声からただならぬ様子を感じたレゼフィーヌは、急いで着替えを終えてドアを開けた。
「どうしたの?」
見ると、アレクが真っ青な顔で立ちつくしている。
「それが……実は先ほどからどこを探してもシルム殿下の姿がなく……部屋を探したところこれが落ちていました」
アレクが震える手で四つに折りたたまれた紙を差し出す。
レゼフィーヌが紙を開いてみると、『ここに来てください』と言う文字と地図が書かれていた。
「これは……リリアの字だわ」
レゼフィーヌは受け取った手紙をじっと見つめ、奥歯を噛みしめた。
思い出されるのは、先ほどパーティーで見たリリアの姿だ。
レゼフィーヌが大事な客人だからと侯爵に呼び出されているほんのわずかな隙に、リリアはシルムと踊っていた。
それ自体は特段おかしなことでもないのだが、その時見たリリアの周りには、かつてないほど邪悪な瘴気が漂っていた。
あの状態のリリアと会うのは危険だ。
今思えば、リリアと踊った後のシルムもどこか様子が変だったように思う。
(もっと気を付けて二人を見張っておけばよかったわね……)
レゼフィーヌはぎりりと奥歯を噛みしめる。
「この場所がどこだか分かりますか?」
アレクの問いに、レゼフィーヌはうなずく。
「ええ、良く知っているわ」
レゼフィーヌは手紙に書かれていた地図を見た。
この場所は、昔シルムと城を抜け出してよく遊んだ大きな白樫の木がある丘だ。
こんなところにシルムを呼びつけて、リリアは何をする気なのだろう。
ただ単に愛を告白するだけならば、こんな離れた場所にシルムを呼びつける必要はない。
(何か企んでいるに違いないわ……)
それに――あの白樫の木には昔から大きな魔力が宿ると言われている。
恐らくだが、リリアは城から離れた人気のない、強大な魔力の宿る場所にシルムを呼び出して何かをしようとしている。
考えれば考えるほど、悪い予感しかしなかった。
レゼフィーヌは四つに折りたたんだ紙を胸元にしまい、アレクに呼びかけた。
「とりあえず、ここへ行ってみましょう」
「はい!」
丘へ向かう途中、アレクはシルムに頼まれて調べていたという侯爵夫人とゼンとの関係をレゼフィーヌに話して聞かせた。
「調べたところ、今の侯爵夫人のアビゲイル様をレゼフィーヌ様誕生の際の祝福の魔女に選んだのも、侯爵に紹介したのもお抱え魔導士のゼンでした」
「そう。二人はどういう関係だったの? ひょっとして、恋人同士……かしら」
二人の親密そうな様子を思い出し、問いかけたレゼフィーヌだったが、アレクは静かに首を横に振った。
「いえ、お二人は双子の兄妹だったようです」
「双子だったの?」
レゼフィーヌは驚く。
侯爵夫人は金髪で整った顔をしているのに対し、ゼンは赤髪でごつごつした顔で、お世辞にも整っているとは言えない。
まるで正反対に見える二人の思わぬつながりに、レゼフィーヌは目を見開いた。
しかし男女の双子ということは二卵性だろうし、似ていないこともあるのだろうと思い直す。
「ゼン様と侯爵夫人は元々は裕福な子爵の生まれだったようです。ですが、子爵を継ぐのは長男と決まっていました」
アレクは少し視線を落とす。
アレクもまた伯爵家の三男であり、兄が跡取りとなったため騎士としてシルムに仕えている。そのため何か思うところでもあるのだろう。
「次男のゼンは魔法が使えたため魔導士養成の学校に入り、双子は不吉だと世間から隠されていた夫人は魔女の家に養子に出されたそうです」
「だけどそこでは上手くいかなかったのね?」
レゼフィーヌはローブ屋で魔女たちに聞いた話を思い出しながら尋ねた。
「ええ。もともと魔力もそこまで強くなかった上、贅沢な暮らしに慣れきっていた彼女は自然の力を重んじ質素な暮らしをする魔女たちの暮らしには合わなかったそうです」
アレクが言うには、その後、アビゲイルは侯爵の愛人となるまでは、男を作ってはその男の家に転がりこんだり、体を売ったりして暮らしていたようだ。
「そうだったの」
ひょっとしたら侯爵夫人が異常なまでに魔女を嫌っていたのはそうした自分の生まれに対するコンプレックスの裏返しだったのかもしれない。
そんな話をしながら、レゼフィーヌとアレクの二人は、柵の隙間から獣道を通り、大きな白樫の木の生えている裏山の丘へと向かった。




