46.お抱え魔導士のゼン
不思議に思ったレゼフィーヌは、こっそりと侯爵夫人の後をつけると、ドアに耳をつけ聞き耳を立てた。
「それで、レゼフィーヌ様はいつまでここに滞在なさる予定なんだい」
ゼンの声が聞こえてくる。
「さあ、分からないわ。侯爵は王太子であるシルム殿下がうちに滞在するのが嬉しくてたまらないみたいだからしばらくいてもらうつもりみたいですけどね」
侯爵夫人の声が返事をする。
「ふうん。ま、あの方は権力が大好きだからな」
のんきに笑うゼンに、侯爵夫人は不満そうな声で言った。
「笑い事じゃないわよ。もしポーラがあの女の影響を受けて魔女になりたいだなんて言い出したら大変!」
「まあまあ、アビゲイル。シルム殿下たちもパーティーが終わったらすぐ出ていくさ。そう心配することはない」
「そうかしら……あ、いけない。そろそろ時間だわ。宝石商と会う約束をしているの」
コツコツと足音がドアに近づいてくる。
――いけない。こっちへ来るわ。
レゼフィーヌは慌ててドアから離れ、息を殺した。
キイ……。
ゆっくりとドアが開き、侯爵夫人が出てくる。
その時レゼフィーヌから、部屋の中にいるゼンの様子がチラリと見えた。
いつも頭に白い魔導士の帽子をかぶっているゼンだが、部屋の中にいたゼンは帽子を脱いぎくつろいでいた。
その髪色は、燃えるような赤髪だった。
――ゼンって赤髪だったのね。
侯爵夫人は息を殺すレゼフィーヌの横を通り過ぎると、軽快に靴音を鳴らしながらまっすぐに自分の部屋へと歩いていった。
レゼフィーヌは侯爵夫人の姿が見えなくなると、ほっと息を吐き、足音を立てないように素早く部屋へと戻った。
「ふう」
部屋に戻ったレゼフィーヌは、汗をぬぐいながらカメレオンのローブを脱いだ。
まだ心臓がバクバクしている。
運よくアビゲイルとゼンに見つからなかったが、危ないところだった。
「どうだった?」
部屋の中で待っていたシルムが尋ねてくる。
レゼフィーヌは頬を緩ませてうなずく。
「ええ。ポーラには無事会えたわ。治療も上手くいったし」
「それは良かった」
「ただ……」
「ただ?」
シルムの問いに、レゼフィーヌは顎に手を当て考えこむ。
「部屋から帰る途中、お継母様に会ったの。いえ、見かけたというべきかしら。とにかくお継母様は侯爵家付きの魔導士であるゼンの部屋に入って行ったわ」
「お抱え魔導士の部屋へ? それはいったいどうして」
レゼフィーヌは肩をすくめた。
「さあ。私が聞いた限りでは大した話はしていなかったわ。でも、その時、ゼンはお継母様のことを『アビゲイル』と呼んでいたの」
「侯爵夫人のことを名前で呼び捨てに? それは妙だね」
シルムも眉をひそめて考え込むしぐさをする。
「ええ。それに部屋から出る時にゼンの髪色が見えたのだけれど、彼の髪の毛は燃えるような赤毛だったわ。いつもは帽子をかぶっていて気にしていなかったのだけれど……」
レゼフィーヌの説明を聞き、シルムは眉をひそめる。
「赤毛と言えば、リリア様も赤毛だね」
二人の視線が絡み合い、レゼフィーヌはうなずいた。
「ええ。確証はないのだけれど、もしこの二人に血縁関係があるとしたら……」
レゼフィーヌとシルムは顔を見合わせ、うなずき合った。
「なるほどね。その件についてはアレクに探らせよう。ひょっとしたら面白いことが分かるかもね」
シルムの瞳が強い緑色を放った。
ひょっとしたら、事態を打開する重要な手掛かりになるかもしれない。




