43.魔女の道具屋
「えーっと、この辺りかしら」
表通りとは明らかに違う狭く暗い道。日の当たらない裏通りは、歩くだけでぶるりと身震いがするようだった。
「いかにも魔女のお店がありそうだね」
シルムの言葉に、レゼフィーヌもうなずく。
「ええ、そうね。それに……魔力の気配がだんだんと濃くなっているわ」
しばらく歩くと、ねじくれた石畳の先にひっそりとたたずむ小さな店が見えてきた。
「あったわ。ここが『ネ・レーブ』ね」
レゼフィーヌとシルムは、風でカタカタと不気味な音を立てる黒い看板の前で足を止めた。
「ここが……」
シルムが息をのむ。
シルムが緊張をするのも無理もない。
『ネ・レーブ』は、他の店とは明らかに異なる雰囲気を漂わせていたからだ。
黒ずんだ壁には不気味にツタが這い、固く閉ざされた木のドアからは、微かに青い不気味な光が漏れていた。
異様な気配のする古めかしいドアをじっと見つめた後、レゼフィーヌは意を決して入り口のドアノブに手をかけた。
「行きましょう」
ゼフィーヌが古めかしいドアを押し開けると、中には三人の女性が待ち構えていた。
一人は十代後半か二十台の若い金髪の魔女。
もう一人は赤いルージュが鮮やかな、背の高い中年の黒髪魔女。
そして三人目は、深くフードを被った皺だらけの老女だ。
「いらっしゃい。見ない顔だね」
レゼフィーヌを出迎えてくれたのは、その中でも一番年老いた魔女だった。
見たところ、三人の中でも一番強い魔力を持つのがこの魔女だろう。
レゼフィーヌは笑顔を作って頭を下げた。
「初めまして。私はガヒの村の東にある、いばら森というところから来た魔女です。こちらのお店の噂はかねがね聞いておりましたので、王都を訪れた際には一度来てみたいと思っていましたの」
老魔女は深くうなずいた。
「なるほど。あなたがかの有名ないばらの森の魔女姫でしたか。ご高名はかねがね伺っております」
「いえ、高名だなんて」
「して、今日はどういったご用件で?」
「そうね、魔女のローブを見繕っていただきたいのと……この中でポーラ姫様の誕生披露パーティーに出席した魔女はいるかしら。いたらお話を伺いたくて」
レゼフィーヌが言うと、魔女たちは顔を見合わせた。
「それだったら、ここにいる三人は全員出席したよ」
答えたのは背の高い中年の魔女だった。
「全員ですか?」
レゼフィーヌは微かに目を見開いた。
まさか十二人のうち三人にここで出会えるとは思っていなかったからだ。
「それならお聞きしたいのですが――あの日、ポーラ姫様に呪いをかけた人物に心当たりはありませんが? 例えば、一緒に招かれた魔女の中に不審な動きをしている人がいただとか」
「いえ、特にいなかったわ」
一番若い魔女が首をすくめる。
「というか、私たちが入った時にはもうポーラ姫は呪われていたね。間違いない」
「さすがにめでたい席だからそれを馬鹿正直に指摘する人はいなかったけどね。一人を除いては」
中年の魔女が意地の悪い笑みを浮かべる。
レゼフィーヌは苦笑した。
どうやら正体がすっかりばれているらしい。
「おほほ……そうですわね」
ということは、ポーラ姫に呪いをかけたのはあの場に招かれた魔女たちではないということだになる。
「あそこに招かれていない魔女で、王宮に恨みを持つ人物はいませんか?」
レゼフィーヌが尋ねると、中年魔女が真っ赤な唇を引き上げてニヤリと笑った。
「さあねぇ。あ、でもレゼフィーヌ姫の誕生の時には招かれたけれど、今回は招かれなかった魔女が一人いたね」
「それは誰ですか?」
レゼフィーヌは思わず身を乗り出す。
「野火魔女のアビゲイル――今や侯爵夫人と呼ばれているお人さ」
「えっ?」
(アビゲイル――お継母様が魔女?)
それはレゼフィーヌにはにわかに信じがたいことだった。
侯爵夫人はレゼフィーヌが魔法の研究をしたり魔女の服装をしたりすると、そういう事は卑しい身分の者がすることだと罵倒していた。
それがまさか、侯爵夫人が魔女だっただなんて。
「侯爵夫人は魔女だったのですか?」
レゼフィーヌの問いに、年老いた魔女が答える。
「ああ。レゼフィーヌ嬢誕生の際に招かれた祝福の魔女の一人さ。私の所に一度弟子入りに来たこともあったのだけれどね、『こんな生活はたくさん』と叫んで三か月も修行しないうちに出て行ったね」
「そうだったんですか」
「まあ、大した魔女ではなかったけれど、なにせ見た目が美人だしね。あの日をきっかけにまんまと侯爵の愛人になり、前の奥様が亡くなった後は後妻として入りこんだというわけさ」
侯爵夫人が魔女だとするとやはり、ユジを操ってレゼフィーヌたちを襲ったのは侯爵夫人なのかもしれない。
でもだとすると、ポーラを呪ったのは誰なのだろう。
娘を溺愛するアビゲイルがポーラを呪うとは考えにくいが――。
「そうでしたか。色々と教えていただきありがとうございました」
レゼフィーヌが頭を下げて店を出ようとすると、一番年老いた魔女が引き留めた。
「ちょっと待ちなさい」
彼女の手には、玉虫色に輝く緑のローブがあった。
「まさかこの店に来て何も買わずに帰る気かい?」
レゼフィーヌは老女の手にしたローブを見つめた。
魔女のローブにしてはかなり派手なデザインだ。これはどうしたものか。
レゼフィーヌと老女が無言で見つめ合っていると、シルムが口を開いた。
「あ、あのー、そのローブ、僕が買いますよ。レゼへのプレゼント。ねっ」
プレゼントは先ほどの薔薇の髪飾りではなかったのか。
レゼフィーヌがあっけに取られていると、シルムはさっさと会計を済ませてしまった。
「まいどあり」
老女の唇が不気味に歪む。
(――どうしようかしら、これ)
レゼフィーヌは手元の玉虫色のローブを見て、深いため息をついたのだった。




