34.国王夫妻
開かれた先には広々とした執務室が広がっていた。
高い天井には精巧なシャンデリアが吊るされ、壁には歴代の王の肖像画がずらりと並んでいる。
そして中央の重厚な椅子には、この国を統べる国王が悠然と腰掛け、その横には、寄り添うように王妃が立っていた。
レゼフィーヌはごくりと息を飲んだ。
緊張のあまり、背筋が自然に伸びる。
「お久しぶりです。王妃が倒れたと聞いて心配しておりましたが、お加減はいかがですか?」
シルムの問いに、王妃は扇子越しに微かな笑みを浮かべる。
「ただの貧血ですわ。まったく、国王ときたら大袈裟が過ぎます。でも、そのおかげであなたが戻って来たのだから、感謝しなくちゃね」
女王のことは気がかりだったが、特に重篤な病というわけではなさそうで、レゼフィーヌはほっと息を吐いた。
レゼフィーヌは国王夫妻をじっと見つめた。
(それにしても、お二人に会うのも久しぶりだわ……)
幼いころ、城で何度か顔を合わせた記憶がふとよみがえる。だが、それも遠い昔のこと。
七年前、森に追放されてからというもの、国王夫妻に会う機会は一度もなかった。あの頃よりも、二人はずっと遠い存在に感じられる。
レゼフィーヌは胸の奥に渦巻く不安を押し隠しながらシルムの一歩後ろに控えた。
すると、シルムが一歩前へ進み出た。その動きは迷いがなく、覚悟を宿している。
「お父様……いえ、国王陛下。手紙にも記した通り、僕はこのアレスシア家の令嬢、レゼフィーヌさんと結婚したいと思っております!」
その言葉ははっきりと、まっすぐに響いた。
室内に一瞬、静寂が落ちる。
果たして二人はどんな反応をするだろうか?
レゼフィーヌはそっと視線を上げ、国王と王妃の様子を窺った。
すると――シルムの母親である王妃の肩が、小さく震え始めた。
「な……な……な……」
言葉にならない声が漏れる。その様子に、レゼフィーヌの胸がきゅっと締めつけられる。
やはり歓迎されていないのだろうか。
不安が一気に押し寄せ、思わず視線を落とすと、カツ、カツ、と規則正しいヒールの音が響いてきた。
見ると、王妃が迷いのない足取りでこちらへ歩み寄ってくる。
レゼフィーヌが思わず身をすくめると、王妃は目の前で満面の笑みを浮かべた。
「なーんて綺麗なお嬢さんに成長したの? レゼフィーヌ! 早くこちらへ来てお顔を見せてちょうだい!」
弾けるような笑顔に、先ほどまでの緊張が嘘のように崩れた。
「は、はあ……」
戸惑いながらも近づくと、王妃は両手でレゼフィーヌの頬を包み込む。
顔を覗き込む王妃の瞳は、まるで宝石のように輝いている。
「はあ……この金のようにきらめく髪、深い海のような瞳……なんて美しいのかしら。お人形さんみたいよ! たまらないわあ……」
うっとりとしたため息がこぼれる。まるで芸術品を愛でるかのような視線に、レゼフィーヌは苦笑いを浮かべた。
「えっと……」
「ああーっ、ずるいですよ、お母様! お母様ばかりレゼフィーヌの美しい顔を堪能して!」
隣ではシルムが子どものようにぴょんぴょんと跳ねている。その様子に、先ほどの厳粛な空気はすっかり消え失せていた。
「えと……それで、結婚は了承していただけたのでしょうか……?」
レゼフィーヌが戸惑いながら尋ねると、王妃はぱっと満面の笑みを浮かべる。
「もちろんよ! 私は最初からレゼフィーヌちゃんをお嫁さんにと望んでいたのよ! ねえ、あなた!」
「う……うむ。私も結婚相手はレゼフィーヌ嬢で構わないと思っている。聞けば魔法学園の件にも興味を示しているようだし、レゼフィーヌさんが構わないのであれば、理事長の件も任せたいと思っている」
国王は咳払いを一つし、重々しくうなずいた。
レゼフィーヌはほっと安堵の息を吐く。どうやら、魔法学園の運営に携わりたいというレゼフィーヌの希望は叶えられそうだ。
「しかし、アレスシア侯爵にはちゃんと話を通したのか? 向こうはリリア嬢をうちに嫁がせる気でいるようだが……」
国王の問いに、シルムは即座に応じる。
「それは、近いうちに私がきっちりと話をつけます」
その声音には迷いがない。真っ直ぐな決意が込められていた。
女王が、パンパン、と軽やかに手を叩く。
「さあ、そうと決まったらパーティーよ! レゼフィーヌちゃんにも、うんとおめかしさせないとね!」




