32.恋敵
「レゼに近寄るな」
シルムがベッド横に置いていた剣に手をかける。
「待って、ユジは誰かに操られているわ。殺さないで」
「分かった。こいつは君の友人なようだからね」
シルムは剣を置くと、襲い掛かってきたユジのナイフを避けると、そのまま腕を持って床に投げ、そのままギリギリとユジの腕と足を締め付けた。
カランと床にナイフが転がる。
「とりあえず動きは止めた。これからどうすればいい?」
「ありがとう。魔法で術が解けないかやってみるわ」
レゼフィーヌはユジの目の前に座った。
目はうつろで『殺してやる』と延々と呟いている。これはどう見ても誰かに操られている
レゼフィーヌはユジの額に手を置いた。見る見るうちに、額に赤い魔法陣が浮かび上がってくる。
「これは……初歩的な操人の魔法ね」
レゼフィーヌはうなずいた。
少しでも魔法をかじったことのある人ならすぐにかけられる程度の魔法だ
解除も今のレゼフィーヌならば簡単だけど、魔法に耐性のない一般人にとってはひとたまりもないだろう。
「――解除」
小さく唱えると、ユジの額に浮かんでいた魔法陣が消え、赤い目も元の色に戻った。
「あれ? レゼ……俺はどうしてこんなところに?」
ユジがキョロキョロと辺りを見回す。
「ユジ、あなた操られていたのよ」
レゼフィーヌはことの経緯を説明した。
「そっか。俺、誰かに操られて二人を襲ったのか。本当にすまねぇ」
ユジは顔を真っ赤にして頭を下げた。
「いいのよ。怪我もしなかったし、それに悪いのはユジに魔法をかけた人だもの」
「でも、いったい誰が僕たちを襲わせようとしたんだろう」
シルムが首をひねる。
「ユジ、あなたに魔法をかけた人物の顔は見た? どんな人だった?」
レゼフィーヌは尋ねたが、ユジは首を横に振った。
「いや、それが、レストランを出たところで黒いローブの魔女に会ったところまでは覚えているんだが、フードを深くかぶっていたから顔までは見てないし、そこから先の記憶はなくて」
「そう……」
黒いローブの魔女。
心当たりは全くなかった。いったい誰なのだろう。ひょっとしたら、以前レゼフィーヌを川に突き落としたのもその魔女なのだろうか?
レゼフィーヌが考えこんでいると、ユジがハッと顔を上げた。
「……というか、よく考えたらこの部屋、ベッドが一つじゃねえか。てめえ、レゼに変なことしなかっただろうな!」
ユジがシルムに食ってかかる。
「変なことはしてないよ」
シルムの答えに、ユジはほっと息を吐く。
「そ、そうか」
だけどシルムは意味深に笑うとこう続けた。
「ただ一緒に寝ただけだよ。レゼの体ってすごく柔らかくて抱き心地がいいし、良い匂いがするんだ」
「て、てめえ!」
ユジがシルムに殴りかかろうとするのを、レゼフィーヌは必死で止めた。
「違うわよ、誤解よ誤解。もう、シルムも変なこと言わないでよ!」
「ははは、ごめんごめん。だって彼、からかうと面白いからさ。昨日は疲れてすぐに寝ちゃったから本当に何も覚えてないよ。」
おかしそうに笑い続けるシルム。
「もう、シルムったら。やめてよね、本当に!」
レゼフィーヌが顔を真っ赤にして必死にシルムの背中を叩く。
その顔を見て、ユジは下を向いた。
「そいつにはするんだな、そういう顔」
「え?」
ユジがいつも見てきたのは、「いばら姫」の二つ名の通り、姫のようにすました上品で美しいレゼフィーヌの顔だった。
だがシルムと一緒にいる時のレゼフィーヌは、まるで普通の恋する少女の様に無邪気で、二人がとてもお似合いに見えて――ユジはひどく敗北感を覚えた。
ユジは床に落ちていたナイフを拾い上げると、手を上げた。
「じゃあ、俺はこれで帰るわ。迷惑かけてごめんな」
ユジは涙をこらえ、その場から走り去った。




