31.ふたりの朝
――チュン、チュン。
小鳥の鳴き声でレゼフィーヌは目を覚ました。見慣れない天井だ。
ぼうっと白い天井を見ているうちにだんだんと意識がはっきりしてくる。
そういえば王都に向かう途中で魔物に襲われて、隣町で宿を取ることになったんだっけ。
でもそれにしてもなんだか狭いベッドね。身動きもろくに取れないし。
と、レゼフィーヌはそこであることに気付いた。
レゼフィーヌのお腹に回っているこの手。背中に感じるこのぬくもりは……。
シルム⁉
レゼフィーヌは目を大きく見開いた。
横向きで寝ていたレゼフィーヌを、抱き枕よろしく抱きしめて寝ているのは紛れもないシルムだ。
(ちょ、ちょっと、何でシルムに抱きしめられて寝てるのよ!)
レゼフィーヌは慌ててシルムをゆり起こそうとした。
「ちょ、ちょっとシルム、起きてよ」
「……ぐーーー」
レゼフィーヌが必死でシルムを起こそうとするも、安らかな寝息を立てて眠っているシルムは一向に起きる気配がない。
「ええい、起きなさいよ!」
レゼフィーヌは思い切りシルムをベッドから蹴落としてやった。
ドテッ!
大きな音がして、シルムはベッドから落っこちた。
「……いたたたた。あれ? どうして僕は床に寝てるんだ?」
ベッドから落ちる時に打った腰をさすりながらシルムはキョロキョロと辺りを見回す。
「さ、さあ。シルムったら寝相が悪いんじゃないの? オホホホホ……」
レエフィーヌは笑ってごまかすことにした。
まさか一国の王太子をベッドから蹴落としただなんて言えるはずない。
シルムはぼんやりとした顔でベッドを見た。
「うーん、そうかもしれないね。僕、ベッドの真ん中に寝てたのに気が付いたら端にいることがよくあるから」
まさか、それで朝起きたら自分の横にいたのだろうか。
「昨日の夜のことは覚えてないの?」
レゼフィーヌが恐る恐る尋ねると、シルムはうーんと上を向いて考えだした。
「昨日は疲れてすぐに眠っちゃったからなあ。本当にぐっすり寝て……夢まで見たよ。昔買ってた犬の夢」
「犬? シルム、犬なんて飼ってたの?」
「うん。大きくて毛の長い犬でね。ポコって名前だったんだけど、毎日抱きついて寝てたんだよ」
うっとりとした顔で両手を広げ、犬の大きさを再現するシルム。
「そ、そう」
レゼフィーヌは苦笑いをして視線をそらした。
まさか、その夢のせいで自分に抱きついてたのだろうか。自分は犬の代わり?
……まさかね。
レゼフィーヌは大きなため息をついた。
シルムは大きく伸びをするとカーテンを開けた。
「まだ早い時間だけど、心地よい朝だね」
柔らかく差し込む朝日。遠くの森には霧がかかり、しんと冷えた青い空気が身を引き締める。
レゼフィーヌとシルムが朝の冷たい空気を吸い込んでいると、不意に部屋のドアがノックされる音がした。
コンコンコン。
重く固い音が部屋に響き、レゼフィーヌは思わず身を引き締めた。
「こんな時間に誰だろう」
もしかしてシルムが落ちる音がうるさすぎて苦情でもきたのだろうか。
レゼフィーヌは疑問に思いつつも何の気なしにドアを開けた。
「はい?」
だがそこに立っていたのはレゼフィーヌの想像だにしなかった人物だった。
立っていたのは、茶色い髪に日焼けした肌の長身の青年――。
「ユジ!?」
どうしてユジがこんなところへ来たのだろう。
まさか二人を追ってガヒの村からわざわざ来たとでも言うのだろうか。
「ユジ、どうしてここに――」
戸惑うレゼフィーヌの首に、勢いよくユジの手がかかった。
ギリギリギリ。
レゼの首を人間とは思えぬ力で締め付けるレゼ。
「コロシテ……ヤル」
ユジの口が機械的に動く。
(ユジ……? 様子が変だわ)
レゼフィーヌはとっさに首に防御魔法をかけたが、ユジは無表情にレゼフィーヌの首を締め続ける。
「ユジ……どうして!?」
レゼフィーヌが必死にユジの顔を見ると、目が不自然に紅く光っている。
まさかユジは誰かに操られているのだろうか。
「レゼ!」
シルムがユジに体当たりをすると、ユジは勢いよくドアの外に吹き飛んだ。
「レゼ、大丈夫⁉」
シルムは必死でレゼを助け起こした。
「え、ええ……とっさに魔法で防御したから私は大丈夫。それよりも――」
せき込みながらもレゼフィーヌはユジのほうを見ると、シルムがうなずいた。
「あの男、昨日食堂で会った人だよね。いったいどうして」
「分からないわ」
ユジはすぐに立ち上がり、ポケットからナイフを取り出し、ゆらゆらとこちらへ向かってきた。
「……シテヤル……殺シテヤル……」
レゼフィーヌは改めてユジの顔を見た。
明らかに様子がおかしい。やはりユジは誰かに操られてるに違いない。




