30.黒いローブの女
「こんにちはぁ」
レゼフィーヌがオロオロとしていると、ドアが開いて薬屋のおばさん――ユジの母親が入ってきた。
「おばさん、こんにちは」
レゼフィーヌがホッとしながら頭を下げると、おばさんは「まあ」と目を丸くした。
「いばら姫ちゃん、こちらの見目麗しい素敵な方はどなた?」
「あ、あの、この人は――」
「レゼさんの婚約者のシルムと申します」
シルムが手を差し出すと、おばさんはその手を取って頬を赤らめた。
「あらまあ、いばら姫ちゃんにこんなに見目麗しい許嫁がいたとはね」
おばさんが固まっていると、ユジが付け加える。
「一緒に王都に戻るんだとよ」
「まあ!」
おばさんがびっくりした顔をする。
「それはそれは、ユジに強力なライバルが現れたわねぇ」
おかしそうにケラケラ笑うおばさん。
「馬鹿、別にライバルなんかじゃねーよ」
ユジが顔を真っ赤にする。
「だってあんた、秋の収穫祭にいばら姫ちゃんを誘うって言ってたじゃないか」
「それは……母ちゃんが誘ったらどうかって言うから『そうだな』って適当に返事しただけだよ!」
「あら、そうなの?」
「もう母ちゃんは余計な事言うな。行くぞ!」
ユジがぐいぐいとおばさんの腕を引っ張っていく。
「それじゃあ、また」
「さようなら」
レゼフィーヌとシルムはユジとおばさんに手を振った。
***
「くっそー、何なんだよあいつ。ポッと出てきてレゼの婚約者だなんて……」
レストランから出たユジは、ミカルおばさんと別れるとブツブツ言いながら路端の石を蹴った。
ユジは、レゼフィーヌがこの村に来た七年前からずっと彼女のことが好きだった。
恐らく一目惚れだったのだと思う。
歩くたびにきらめく豊かな金髪。海のように深く神秘的な蒼の瞳に見つめられるだけで胸がときめいた。
いつだって困ったことがないか気を配り、妹のように面倒を見てきた。
今までユジがレゼフィーヌにアプローチをしてこなかったのは、レゼフィーヌが良き友人として扱ってくれる信頼関係を壊したくなかったからだ。
それに村には他にもレゼフィーヌを狙う男性がたくさんいて、互いにけん制し合っていたので抜け駆けは許されない雰囲気だった。
それを王都から来たどこの馬の骨とも分からないあの男が、横からかっ攫っていくだなんて。
(あの男、いかにも貴族のお坊ちゃまって感じだったな)
ユジはシルムの身に着けている高級そうな衣服や品の良い物腰を思い出した。
衣服だけじゃない。背も高く、肌や髪も艶が良く、まるで女性のように整った顔立ちだった。
(アイツと結婚したほうが、レゼは幸せになれるのかな)
「ああ、くっそー!」
ユジがぐしゃぐしゃと頭をかきむしっていると、道の先に黒いローブの人物が現れた。
「あなた、レゼフィーヌがほしいの?」
クスクス笑うローブの女。
フードを目深にかぶっているため顔は見えないが、声で女性だと分かった。
「あぁ? 何だてめぇ」
不気味な奴だ、とユジはローブの女を無視しようとした。
だけど次の瞬間、黒いローブの女はユジの目の前に移動した。
ゾクリ。ユジの背中が冷える。
「て、てめぇ」
「大丈夫よ、あなたが頑張れば、レゼフィーヌを自分のものにできるわ。私に力を貸してちょうだい」
甘ったるい女の声がユジの脳内に響く。
(レゼを自分のものに?)
ユジの心が揺らぐ。その隙間に付け入るように、女はユジの額に手を置いた。
「てめえ、何を――」
ユジは自分の体が動かなくなるのを感じた。背中に嫌な汗が噴き出す。
女はユジの額に手を置いたまま、何かの呪文を唱えた。
(……こいつ、魔女か)
声を上げようとしたけれど、ユジの口は全く動かない。
「ふふ、良い子ね」
魔女が笑い、ユジの額に紫色の不気味な魔法陣が浮き出す。
瞬間、ユジの視界が真っ暗になった。
最後にユジが聞いたのは、クスクスという不気味な笑い声だけだった。




