29.出発
青空が高く広がる秋晴れの日。
レゼフィーヌとシルムは二人でいばらの森を出発することにした。
「それじゃあおばさま、行ってきます」
「お世話になりました」
二人でエマ婦人に頭を下げ、山を下る。
(でも……本当に大丈夫かしら)
レゼフィーヌの胸に不安がよぎる。
自分はもう七年も貴族社会を離れていて、知り合いもほとんどいなければ、貴族社会の慣習にもなじみがない。
それなのに、シルムと結婚してうまくいくのだろうか。
うつむくレゼフィーヌ。
それとは対照的に、ぽかぽかと暖かい陽気に気分が良くなったシルムは、大きく伸びをした。
「いやあ、またピクニックに来たみたいだね」
「全くもう」
のんきに笑うシルムに、レゼフィーヌはあきれ顔をした。
森を抜けガヒの村に出ると、レゼフィーヌとシルムの二人は村の食堂で腹ごしらえをすることにした。
ひょっとしたらここに来るのもこれで最後かもしれないし、レゼフィーヌは、最後に村の味を覚えておきたかった。
「このお店、鶏の包み焼きがすごく美味しいんだ。ハンバーグもおすすめ」
レゼフィーヌが教えてあげると、シルムは興味深そうにメニュー表を眺めた。
「へえ、そうなんだ。全部おいしそうで迷うな」
レゼフィーヌとシルムがそんな話をしていると、不意に入り口から見慣れた顔が入ってきた。茶色い短髪に良く焼けた肌。少し釣り目のその顔は――ユジだ。
「ユジ」
レゼフィーヌが声を上げると、ユジは口の端を上げて笑みを浮かべた。
「おう、レゼじゃねぇか。久しぶりだな。風邪はもういいのか?」
エマ婦人から体調を崩していると聞いたのだろう。
レゼフィーヌの体調を気遣うユジに、レゼフィーヌは微笑んだ。
「ええ。もうすっかり良いわ。心配してくれてありがとう」
ユジはぷいと横を向く。
「バッカ、心配なんかじゃねーよ。おまえはしぶといからな。それよりところでこんなところで何してんだ?」
「何って、ちょっと食事に……」
レゼフィーヌが何と説明しようか迷っていると、横からシルムがこっそりと尋ねてきた。
「レゼの知り合い?」
「あ、うん。薬屋のユジ。私の作ったお薬をお店に置いたりしてくれてるの」
「そっか、じゃあ取引先ってわけだね」
レゼフィーヌとシルムがひそひそと話していると、ユジが片眉をピクリと上げた。
「……それで、そちらさんは?」
腕を組み、いかにも不機嫌そうにユジは尋ねる。
「あ、この人はシルムって言って――」
レゼフィーヌがしどろもどろになりながら説明すると、シルムが横から口をはさんだ。
「初めまして。僕はレゼの婚約者のシルムと申します」
「は⁉」
シルムの思わぬ紹介に、口をあんぐりと開けて固まるユジ。
「あ、あの、許嫁と言っても、子供のころに親が勝手に決めた婚約者で――」
レゼフィーヌがオロオロしながら説明していると、シルムはレゼフィーヌの肩を抱き寄せた。
「でも君は、僕と結婚することに同意してくれたよね?」
「え、ええ、まあ」
視線を逸らすレゼフィーヌ。
ユジは不審そうな目をレゼフィーヌたちに向けた。
「なるほどね。でも今までレゼをこんな森の奥に放っておいて今さら出てくるなんてどういうことなんだ?」
ユジの言葉に少し棘を感じたが、シルムは穏やかな口調を崩さずに答えた。
「僕もレゼは病に臥せっていると聞いていたし、手紙を書こうにも居場所も教えてもらえなかったから、ここにいるときいてびっくりしたよ。でもこれからは王都に二人で戻って彼女を幸せにしようと思う」
ユジはびっくりしたように目を見開く。
「王都に行くのか? こいつと二人きりで?」
「ええ。そうなの」
苦笑するレゼフィーヌ。
レゼフィーヌの答えに、ユジはシルムを鋭い目つきで睨みつけた。
「おいお前、レゼに妙な事したら承知しねーからな!」
「ちょ、ちょっとユジ、初対面なのにそんなこと言って失礼よ」
慌てるレゼフィーヌをよそに、シルムはニコリと口元に笑みを浮かべて言った。
「僕たちは婚約者同士だ。何をしようが君に関係ないだろう?」
「何ぃ⁉」
「ちょ、ちょっと!」
シルムったら何言ってるのだろう。
シルムとユジの間に妙な空気が流れる。




