28.交換条件
「それにこんな長居して、国王陛下も心配されてるんじゃないの?」
レゼフィーヌがため息交じりに言うと、シルムは目を真ん丸にして首を横に振った。
「いいや、大丈夫だよ。父上とは毎週欠かさずやり取りをしているしね」
シルムは自分の部屋に戻り、三通の手紙を出してきた。
一通目『いばらの森の魔女の説得はできたかね? 近況を知りたいので早く文を寄こすように』
二通目『いばらの森の魔女の説得に手こずっているのかね? 速く説得して帰って来なさい』
三通目『随分と森での生活になじんでいるようだが、当初の目的はどうした? 早く魔女の説得をして帰って来るように』
レゼフィーヌは三通目の手紙を読み終えると顔を上げてシルムを見た」
「……いや、明らかに心配してるでしょうが!」
レゼフィーヌが頭を抱えていると、急に窓辺から何やら物音がした。
――ガタン。
見ると、窓辺に白い鳩が止まっている。
「クルックー」
鳩の足元には王家の紋章が入った手紙が結び付けられている。
「国王陛下からじゃないの?」
レゼフィーヌがシルムのほうを見ると、シルムは不思議そうな顔で首を傾げた。
「おかしいな、まだ前の手紙が来てから一週間も経っていないけど」
シルムは鳩の足から手紙をほどき、一瞥するとアレクに渡した。
「お前宛だ」
「私に? 国王陛下からですか?」
訳が分からないという顔で国王陛下からの手紙を受け取るアレク。
アレクはしばらく手紙を眺めた後、無言で顔を上げた。
「なんて書いてあったの?」
シルムが尋ねると、アレクは低い声で答えた。
「『事情は分かった。お前がその気なら婚約者をリリア嬢からレゼフィーヌ嬢に変更しても良い。ここ数日、女王陛下が体調を崩しておられる。早急に戻るように』とのことです」
「女王陛下が? それは心配だね」
エマ婦人が心配そうな顔をする。
レゼフィーヌも深刻な顔でうなずいた。
「シルム、今すぐ城に戻るべきよ」
「でも、君なしでは帰れないよ」
シルムは首を横に振る。
「でも女王陛下にもし何かあったら……」
うつむくレゼフィーヌの肩に、シルムはそっと手を置いた。
「……だから、レゼ」
シルムはまっ直ぐにレゼフィーヌを見つめて言った。
「僕と結婚してくれないか」
求婚されたのは、二度目だった。
ただ、一度目に求婚された時とはレゼフィーヌの心境はまるで違っていた。
(何か返事をしないと)
レゼフィーヌは口を開こうとしたけれど、胸がきゅっと締め付けられ、うまく言葉が出てこない。
「でも――」
レゼフィーヌは恐る恐る吐き出した。
「あなたは、私が病に倒れたと聞いて文の一つも寄こさなかったじゃない。婚約者がリリアに代わっても、文句ひとつ言わないで」
シルムの瞳が揺らめき、少しうつむく。
「それは……本当に済まなかったと思っている。手紙は何度か書いたのだが、返事もなく……今思えば、誰かが邪魔をしていたのだろうな。返事が来なかった」
「そうだったの?」
「ああ。だから僕は、君が僕と結婚するのは迷惑なのかなと思ってしまった。君は自由を愛する人だからと。でも今思うと、僕はあまりにも未熟で周りを疑うことも知らない子供だったのだと思う。本当に申し訳なく思っている」
「シルム……」
レゼフィーヌは驚いた。シルムほどの地位の高い人物が、自分の過ちをこうも素直に認めるとは思ってもみなかったのだ。
「君は……僕と結婚するのは嫌かい?」
シルムの言葉に、レゼフィーヌは慌てて瞳をそらした。
「嫌というわけではないけれど……」
二人でしばらく見つめ合った後、レゼフィーヌは下を向いて足元の石をじっと見つめた。
最初に求婚された時よりも、レゼフィーヌの心は揺らいでいた。
シルムが嫌と言うわけではなかった。
でも今のレゼフィーヌには自分が森から離れ、王妃として暮らすというのが全く想像できなかった。
黙り込んでしまったレゼフィーヌの手を、シルムはぎゅっと握りしめる。
すると、レゼフィーヌは意を決したように顔を上げた。
「……分かったわ」
低くつぶやいたレゼフィーヌの言葉に、シルムがエメラルド色の瞳をこぼれ落ちそうなほど見開く。
「ほ、本当かい!?」
「ただし」
レゼフィーヌは藍の瞳でまっすぐにシルムを見つめた。
「今度新設する魔法学園の理事長の座を私にくれるのならね。できないのなら、私のことはきっぱりと諦めて」
レゼフィーヌとしたら、無理難題を突き付けたつもりであった。
この国は未だに男性の権力が強い。魔女が学園の理事長を務めることなどありえないことだからだ。
「どうかしら」
レゼフィーヌがシルムをじっと見ると、シルムはぱあっと顔を輝かせた。
「えっ、そんなことでいいの? それならお安い御用だよ!」
「……へ?」
シルムの思わぬ返事に、レゼフィーヌは大きく目を見開く。
まさかそんなに簡単に理事長になるという案を了承するとは思わなかったのだ。
シルムは手を広げて勢いよくレゼフィーヌを抱きしめた。
「レゼ~~! ようやく僕のお嫁さんになる決心がついたんだね。嬉しいよ!」
「ちょ、ちょっと! どさくさに紛れて何してるのよ~!」
レゼフィーヌは顔を真っ赤にしてシルムを突き飛ばした。
「よく考えてよ、理事長よ? 国の肝入り事業なのでしょ? 本当に私でいいの? 好き勝手やるわよ?」
慌ててレゼフィーヌがまくしたてるも、シルムは笑顔を崩さない。
「もちろんいいさ! 一国の女王となる人が理事長になるのは何もおかしなことじゃない。それに君は魔法に精通しているだろうしね。いやあ、嬉しいなあ」
(ど……どうしよう)
レゼフィーヌは血の気がサッと引くのを感じた。
「さ、そうと決まったら、さっそく城に行く準備をしなきゃね!」
エマ婦人も頬を桃色に染め嬉しそうだ。
「それじゃあ、私は一足先に城にもどり、このことを国王陛下にお伝えしますね!」
アレクも急いで旅支度を始める。
(……まあ、いいわ)
腕を組み、横を向くレゼフィーヌ。
(よく考えたら王太子の妻なら、色々好き勝手出来るかもしれないし。結婚に興味はないけど、魔法教育には前々から興味があったし、こうなったらシルムの妻という立場を利用して思う存分好きなようにやらせてもらうわ)
その結果、シルムが自分のことを見捨てたとしてもそれはそれで構わない。元のいばらの森の魔女に戻るだけだ。
レゼフィーヌはそう考えて自分を納得させた。
かくして、レゼフィーヌはシルムに嫁ぐこととなってしまったのであった。




