23.発熱
「……熱があるね」
翌朝。エマ婦人が起きてきたレゼフィーヌの額に手を当てるなり渋い顔をする。
「そう。やっぱり昨日川に落ちたのがいけなかったわね」
レゼフィーヌは赤いチェックのブランケットを羽織ると、ゆっくりと椅子に腰かけた。
シルムに熱があると言われたから昨日は早めに寝て、体がだるいのも治るだろうと思っていた。
だけど逆にだるさは増し、骨の節々が痛む。これはまずいかもしれないとレゼフィーヌは直感する。
「大丈夫かい? 今年の風邪は長引くから寝ていたほうがいい」
エマおばさまが心配そうな顔でレゼフィーヌの肩に手をかける。
シルムもレゼフィーヌの顔を見るなり心配そうに顔をのぞきこむ。
「大丈夫? 僕がエマ婦人のことを手伝うから気にせずレゼは寝ていて」
「駄目よ、シルムはローブが乾いたら帰らなきゃ」
かすれ声で訴えるレゼフィーヌに、アレクも同意する。
「そ、そうですよシルム殿下。講師の誘いも求婚も断られたことですし、ここは大人しく帰るべきです! こんなところにいつまでもいたら、魔女に呪い殺されてしまいますよ!」
「そういうわけにはいかないよ。レゼを置いて帰れない」
シルムにピシャリと言われ、アレクは不機嫌な顔になりつつも口を閉じる。
そこへエマ婦人はニコニコと割って入る。
「まあまあ、私もやることが多いから二人がいてくれたほうが助かるし、あんたが治るまでしばらくいてもらおうよ」
「まあ、エマおばさまがそう言うのなら」
レゼフィーヌは渋々納得し、寝室へと向かった。
リビングから壁越しに「それじゃあ聖水汲みにいこう」「水瓶はあなたが持ってね」というエマ婦人の声が聞こえてくる。
レゼフィーヌは毛布をかぶり、ゴロリと横になった。骨の奥がきしむような感覚と寒気がある。確かにこれは寝ていたほうがいいかもしれない。
レゼフィーヌはおとなしく目をつぶると、すぐに眠りの底へと引き込まれた。
***
窓から秋の日差しが柔らかく降り注いで、レゼフィーヌは目を覚ました。
「……ん」
十分眠ったおかげだろうか、レゼフィーヌの体は朝よりだいぶ軽かった。
ドアの方を見ると、部屋の外が騒がしい。
そういえば、シルムとアレクがエマ婦人と聖水を汲みに行くと言っていたような気がする。
レゼフィーヌは今朝の出来事を思い出し、のそのそとベッドから起き上がった。
「おばさま、帰ってきたの?」
レゼフィーヌがリビングに向かうと、エマ婦人とシルムが楽しそうに椅子に座って談笑していた。
「あはは、本当にシルムくんって面白い子だねぇ」
「エマ婦人こそ、冗談がお上手だ」
笑い合う二人の元へ、ティーポットを持ったアレクがやって来る。
「お二人とも、お茶をお淹れしましたよ」
「ありがとう、アレクくんは本当に気が利くねぇ」
アレクの行動に目尻を下げるエマ婦人。
シルムは誇らしげに胸を張った。
「でしょう、僕の自慢の部下ですから」
和やかに笑い合う三人。
(何でこんな短期間に仲良くなっているのよ……)
レゼフィーヌがあっけに取られていると、シルムが立ち上がる。
「ああ、レゼ。起きて大丈夫なの?」
「調子はどうだい」
エマ婦人も心配そうな顔をする。
「ええ。ぐっすり寝たから朝よりはだいぶいいわ」
レゼフィーヌは床に置かれている水瓶を見た。
「三人で聖水を汲んできたの?」
尋ねると、エマ婦人は嬉しそうに頬をほころばせた。
「ああ、そうだよ。二人とも重い水瓶も持ってくれたし、蛇や魔物も退治してくれたし、私の足を気遣ってくれたり上着をかけてくれたり、本当に紳士だし優しいね」
「そ、そうなの」
どうやらエマ婦人はよっぽどシルムたちのことが気に入ったらしい。
レゼフィーヌがあっけにとられていると、エマ婦人は声を潜めてこう言った。
「シルムくんは本当に良い子だよ。一緒に王宮に行ったらどうだい。なに、私のことは気にしなくていい。たまにでも遊びに来てもらえればそれで」
エマ婦人の言葉に、レゼフィーヌな呆れ返ったように腰に手を当てた。
「おばさまったら、昨日も言ったけど、私は王宮に行ったりなんかしないわ」
レゼフィーヌはエマ婦人の言うことをピシャリと跳ねのけると、食卓の椅子に腰かけた。




