21.命の恩人
「……大丈夫?」
次に目を覚ました時には、レゼフィーヌはシルムの腕に抱かれ川岸にいた。
「ここはどこ?」
レゼフィーヌがぼんやりと辺りを見回すと、シルムは優しい口調でレゼフィーヌに呼びかけた。
「君、川で溺れていたんだけど覚えてる?」
レゼフィーヌはうつろな瞳で首を縦に振った。
「ええ……なんとなく」
しばらく意識がぼんやりしたままシルムの腕の中にいたレゼフィーヌだったが、はっと正気を取り戻し、状況を理解すると、急いでシルムから離れた。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
レゼフィーヌは早口に言うと、頭を下げた。
シルムは照れたようにはにかむ。
「いや、無事で何よりだよ」
シルムは木に引っ掛けていたローブを取ってきてレゼフィーヌの体にかける。
「体が濡れているね。それを着たほうがいいよ」
「え、でも」
シルムのローブは、一見地味なデザインだが、遠くからでもわかるほど上質な生地で作られていた。
川に落ちてずぶぬれになった自分が着ても良いのだろうか。
戸惑うレゼフィーヌに、シルムは無理矢理自分のローブを着せた。
「いいから。女性は冷えちゃいけないよ」
その言葉に、レゼフィーヌはシルムと出会った日のことを思い出した。
(驚いた。全く変わっていないのね)
「ええ、ありがとう」
大人しくシルムのローブを身にまとったものの、レゼフィーヌはなんだか落ち着かない気持ちになった。
(凄く大きい……それに、こんな高価そうなもの、いいのかしら)
あとで家で洗濯して返さないといけないかもしれない。
レゼフィーヌはぎゅっとローブの端を握りしめた。
シルムは心配そうにレゼフィーヌの顔を覗きこんだ。
「大丈夫? 川の水でも飲んでしまったのかな」
「いえ、少しは飲んだかもしれませんが、そんなに大量ではないので」
レゼフィーヌがそっぽを向きながら早口に答えると、シルムは不思議そうに目を丸くした。
「レゼ、どうして敬語なの?」
「どうしてって――」
シルムは王太子だ。自分と同じ身分の相手ではない。
レゼフィーヌはそう言おうとしたのだけれど、シルムは屈託のない笑顔で笑う。
「前みたいに砕けた口調でいいよ。呼び名も殿下じゃなくてシルムでいいし」
「でも、私とあなたでは立場が違うし――」
レゼフィーヌが言いかけた瞬間、茂みの中から全身泥と葉っぱまみれのアレクが現れた。
「その通り。一国の王太子と魔女では身分が違いすぎます」
「おお、アレク。いたのか」
シルムがあっけらかんとした顔で言う。
「『いたのか』じゃないですよ! 服を乾かすから焚火をする時の薪を集めてこいと言ったのは殿下でしょう。全くもう」
アレクは集めてきた木の枝を音を立てて地面に落とした。
「ああ、悪い悪い。そうだったね」
シルムが全く悪びれていないような顔で手をひらひらさせる。
その顔を見てアレクが詰め寄る。
「……まさか、薪を集めてこいと言うのは方便で、実はレゼフィーヌ嬢と二人きりになりたかっただけなのでは」
シルムはすました顔で肩をすくめた。
「嫌だなあ、そんなわけないじゃないか」
「本当ですか?」
アレクの眉間の皺がますます深くなる。
レゼフィーヌが二人の様子を呆然と見ていると、雨粒がポツリと腕に落ちてきた。
「雨だわ」
レゼフィーヌは空を見上げ、雲の動きを見た。
湿度をはらんだ大きな雨雲が迫ってきているが、風の流れはまだそこまで早くない。雨が本降りになるまではまだ時間がありそうだ。
シルムとアレクも天を見上げる。
「本当だ」
「どこかで雨宿りしないと」
慌てる二人に、レゼフィーヌは城のほうを指さした。
「とりあえず二人ともうちに来たらどう? このローブも洗濯して返さなきゃといけないし。細かい話はそこですればいいわ」
レゼフィーヌの提案に、アレクの顔が青くなる。
「ま、魔女の家に!?」
アレクの反応とは逆に、シルムは顔をぱあっと輝かせた。
「いいの? ありがとう」
レゼフィーヌはフンと鼻で笑う。
「別に、命を助けられたし濡れたら困るから招くだけよ。ローブが乾いたらすぐに帰ってもらうわ」
「うん、それでもありがたいよ。レゼの家に行けるだなんて」
感動するシルムの腕をアレクは強く引っ張った。
「シ、シルム殿下、やっぱりやめましょうよ。魔女の城なんて、もし陛下の身になにかあったら……悪い魔女に食べられたらどうするんですか!」
「嫌ならアレクは一人で帰ればいいさ。愛しい女性に家に招かれたんだぞ? どうして断る必要があるんだい」
「ですが――」
懸命に止めようとするアレクをよそに、レゼフィーヌの後をついてどんどん歩いていくシルム。
「ま、待ってくださいよ」
結局アレクもシルムを追って歩いていくこととなり、ほどなくして三人はいばらの城にたどり着いた。




