15.憂鬱な雨
「ただいま」
いばら城に戻ってきたレゼフィーヌは、帰ってくるなり乱暴に荷物を置きソファーにどっかりと腰かけた。
「お帰りレゼ。……なんだか顔色が悪いけど、何かあったのかい?」
いつもと明らかに違うレゼフィーヌの様子に、エマ婦人が心配そうに尋ねる。
「いいえ、何でもないわよ。ちょっと疲れただけ!」
レゼフィーヌは無理矢理笑顔を作り、買ってきたパンをテーブルの上に置いた。
「そ……そうかい?」
「ええ。別に気にしなくても大丈夫よ。それじゃ、私、自分の部屋に戻るから!」
レゼフィーヌはひらひらと手を振ると、自分の部屋に戻っていった。
「……ふー」
部屋のドアを閉め、息を整えると、ゆっくりと魔法書を開く。
(……駄目だ。全然集中できないわ)
だけれど全く内容が頭に入ってこず、レゼフィーヌは苛々しながら魔術書を閉じた。
今まで辛いことがあっても魔法の研究をしているとすべて忘れられた。
継母や妹に虐げられても、自分が魔女になり一人森で暮らす妄想をするだけで現実世界から離れられた。
だけど今はどうだろう。
魔法書を読ん新しい知識を得ようとしても、物語を読んで空想に浸ろうとしても、ふと気が緩んだ瞬間に、シルムの顔がレゼフィーヌの頭の片隅にちらつく。
「はあ……」
レゼフィーヌは小さく息を吐いた。
実際のところ、最初、魔法学園の話を聞いたとき、レゼフィーヌは少しだけ……いや、かなり心惹かれていた。
面白い試みだと思ったし、何より男女の区別なく教育を受けられるだなんて素晴らしいと思った。
この地に来る人の中にも、度々「魔女になるにはどうしたらいいのか」「学校はないのか」と聞いてくる人がいる。
その度に、レゼフィーヌは「誰か弟子を探している魔女に弟子入りするしかない」と答えてきたが、魔女のための学校があればいいと常々思っていた。
今にして思えば、シルムが手伝ってほしいというのならば、講師の仕事を引き受けても良かったようにも思う。
でも妃となると話は別だ。
レゼフィーヌが城から追放されて以来、今まで一度も会いに来ることもなかったくせに、あっていきなり「妃になれ」だなんて厚かましいにもほどがある。
シルムは、レゼフィーヌは病で臥せっていると聞かされていたと言っていた。
けれど、それにしても手紙を送るなり使者を送るなりして、レゼフィーヌがどんな状態なのか自分で調べるなりすればいいのにとレゼフィーヌは思う。
(シルムの馬鹿……)
レゼフィーヌはぎゅっと目の前の毛布を握りしめた。
とてもじゃないけどシルムが本気で自分のことを王妃にと望んでいるとは思えなかった。
恐らく、シルムは久しぶりに会って舞い上がってしまっただけだろう。
あれだけきっぱりと断ったのだから、甘ったれたお坊ちゃまのシルムはこれ以上自分を追いかけてくることはないはずだ。
明日にはきっと、シルムたちは王都に帰るに違いない。
(そうすれば……私もきっとシルムのことを忘れられるはず)
レゼフィーヌは窓の外を見た。
空を覆う薄暗い灰色の雲。魔女の森には、しとしとと小雨が降り始めていた。




