14.薔薇の香り
シルムは興奮気味にレゼフィーヌに語りかける。
「でもまさかそのいばら姫が君だとは思ってもみなかったよ。君は病気でずっと臥せって外に出られないとアリシア侯爵に聞いていたから」
「まあ、お父様ったら、シルムにそんなことを?」
レゼフィーヌが憤慨していると、シルムはじっとレゼフィーヌの顔を見つめた。
最初は「いばら姫」を講師として迎えようとこの地にやって来たシルムだったが、その正体がずっと探していたレゼフィーヌだったとなると話は別だ。
シルムは親同士の話し合いで勝手に婚約者をリリアに変えられたことに納得していなかった。
アリシア侯爵からはレゼフィーヌの居場所を教えてもらえなかったが、レゼフィーヌは病気にかかり田舎で静養していると聞いていたので病気が治ったらいつか迎えにいくつもりだった。
それがいきなり目の前に現れたのだから話は早い。さっそくレゼフィーヌにプロポーズし、妃になってもらわなくては、と思ったというわけらしい。
「シルム、どうしたの?」
レゼフィーヌが戸惑っていると、シルムは小さく唾を飲みこみ、レゼフィーヌの前に膝をついた。
「いばらの森の魔女――いや、レゼ。僕は君をずっと探していたんだ。君を妃に迎えたい。僕と共に城で暮らそう」
シルムはレゼフィーヌに手を伸ばし語りかけた。
「えっ……妃?」
レゼフィーヌはというと、困惑の表情で目の前のシルムを見つめていた。
てっきり魔法学園の講師の話だと思っていたのに、いきなり妃だなんて話が飛躍しすぎてよく分からない。
それに第一、シルムはリリアと婚約しているはずだ。それなのに、いきなり来て何を言うのだろう。
(……この七年間、婚約者の私に文ふみの一つも寄こさなかったくせに! それなのに……いきなり妃になれですって!?)
レゼフィーヌの胸にメラメラと怒りの炎が巻き起こる。
この七年間音信不通だったのに、いきなり妃になれだなんて失礼にも程がある!
レゼフィーヌはきつく腕を組んだ。強い光を放つ蒼の瞳がシルムを見下ろす。
シルムが息をのみながら彼女の顔を見つめていると、レゼフィーヌは冷たく言い放った。
「嫌ですわ」
「はっ?」
シルムは肩透かしを食らったかのようにガクッと体を傾けた。
目をぱちくりさせ、信じられないといった顔でレゼフィーヌの顔を見やる。
「一体どうしてだい、レゼ」
シルムはショックに声を震わせながらも、穏やかに聞き返した。
シルムは自他ともに認める美男子であるし、一国の王太子である。家柄も外見も申し分ないはず。それに小さいころはあんなに仲が良かった。
レゼフィーヌならば、自分がプロポーズすれば必ず受けてくれるはず、そんな期待がガラガラと崩れ落ちていく。
レゼフィーヌは小さく息を吐いた。
「どうしても何も……私はここの生活が気に入っておりますので、王都に戻る気はありません!」
レゼフィーヌは黒いフードを深々と被り、きっぱりと言い放った。
「――だから私のような魔女のことは忘れて、早く王都にお帰りくださいな。ここはあなたのような方が来るような場所ではなくてよ!」
レゼフィーヌの深蒼の瞳が、シルムを射抜くように見つめる。
「それでは、ごきげんよう」
レゼフィーヌは口の中で聞こえるか聞こえないかというほどの声でつぶやき、ローブを翻す。
美しい声と薔薇の残り香だけを残し、いつの間にかレゼフィーヌの姿は消えて無くなっていた。恐らく何か魔法を使ったのだろう。
シルムは考える。
さすがは王都にまで高名が轟いているいばらの森の魔女――『いばら姫』。一筋縄ではいかなそうだ。
シルムはその場にしゃがみこんだ。
「レゼ……」
シルムの胸がきゅんとしめつけられる。
(ああ……なんて美しく気高く誇り高い薔薇の良な女性に成長したんだろう。一刻も早く彼女と結婚しなくては!)
シルムがレゼフィーヌの蒼い瞳と薔薇の香りの余韻に浸っていると、どこからか声がした。
「シルム殿下、シルム殿下ーっ!」
「おお、アレク」
シルムが顔を上げると、ガサリと音がして茂みの中から黒髪で長身の男――アレクが現れた。
「シルム王子、こんなところにいたのですか」
草木をかき分け、アレクが血相を変えてシルム王子の元へ駆け寄る。
「すみません、ぬかるみの泥に足を取られてしまい思うように動けませんでした」
全身葉っぱと泥まみれになり、肩で息をするアレクは伯爵家の三男で、本名はアレクシス。
シルムより四歳年上の二十二歳で、シルム直属の騎士で近衛隊長という、シルムを一番近くで警護する部下だ。
シルムのことなら自分が一番よく知っていると自負している。そんなアレクだからこそ、シルムの顔を一目見るなり異常に気付いた。
シルムの様子がいつもと違う。頬はわずかに赤く染まり、瞳も熱を帯びて潤んでいる。
「あの刺すような瞳……冷たい態度……たまらないなあ」
などと訳の分からないことをブツブツ呟いている。
(――これはどうしたことだろう)
アレクは主君の異常事態にその大きな身を震わせる。
と同時に、その場に残った薔薇の残り香に気付いた。この香りは女性の香水? ここに誰かいたのだろうか。
ひょっとして、魔女に呪いでもかけられたのか!?
「レゼ……もう一度会いたい! どうしたら僕のお嫁さんになってくれるんだい?」
顔を覆い、その場にしゃがみこむシルム。
その様子は明らかにいつもの様子と違っていた。
アレクの知るシルムは、いつも気高く毅然としていて、王家の名にふさわしい貴公子なのに、これは一体どうしたことか。
「シ……シルム殿下、どうなさったのですか!? お気を確かに! シルム殿下……シルム殿下ー!!」
シルムの体を支えながらアレクは途方に暮れた。
――これは呪いの魔女に会いに行かねばならない。
魔女に会って、呪いを解いてもらい、元のシルム王子に戻してもらわなくては!




