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第87話「終わらない健康管理と見守る会」

【Side: Annaアンナ

 春。 王立学園を揺るがした卒業パーティーでの「魔物暴走スタンピード事件」から、数週間が経過した。


 事件の真相──お嬢様が体内に魔王の瘴気を宿していたことや、それをミア様が外科手術のように摘出したことなど、一般の生徒たちは知る由もない。 公式には、「突如発生した魔物の群れを、ローゼン公爵令嬢と聖女ミアが身を挺して退けた」という、美談中の美談として処理されていた。


 結果として、お嬢様の学園内での評価は「孤高の芸術家」から「国を救った大英雄」へとランクアップしてしまった。 悪役として断罪されるどころか、歩くたびに下級生から黄色い歓声を浴びる始末である。


「……お嬢様。本日のファンレターの仕分けが完了いたしました」


 女子寮の私室。私は無表情のまま、机の上に山積みになった手紙の束を指差した。


「燃やしなさい。……と言いたいところだけど、中には領民からの感謝の手紙も混ざっているから、あとで目を通すわ」


 ソファで優雅に紅茶を飲んでいたお嬢様が、ため息をついた。 その肌は真珠のように輝き、魔王の瘴気が消え去ったことで、本来の公爵令嬢としての気高い美しさが完全に花開いている。


「それにしても……平和ね」


 お嬢様が窓の外を見つめて呟いた。


「システムからの強制力も、魔女の囁きも、もう何もない。私が何をしても、世界は滅ばない。……少しだけ、肩透かしだわ」


「平和が一番でございます。これで私の胃痛も、ようやく治まるかと……」


 私がエプロンのポケットから胃薬を取り出そうとした、その時だった。


「失礼します! お姉様!」


 バーンッ! と、隣室からのコネクティングドアが勢いよく開かれ、純白の制服に身を包んだミア様が乱入してきた。 その手には、見慣れた、いや、平和になったからこそより鮮やかな緑色を放つ特大ジョッキが握られている。


「さあ! 本日の日課、『春野菜と魔力ハーブのデトックス青汁』です! 魔王の瘴気は抜けましたが、これからは『生活習慣病の予防』と『アンチエイジング』のフェーズに入ります! 一気飲みを!」


「……は?」


 お嬢様が、信じられないものを見る目でミア様を凝視した。


「ちょっと待ちなさい! 呪いは解けたのよ!? なんでまだそんな草の搾りかすを飲ませようとするのよ!」


「油断大敵です! お姉様は元々素晴らしい体幹マッスルをお持ちですが、最近はデスクワーク(書類仕事や領地経営)ばかりでせっかくの筋肉が鈍ってしまいます! 私が一生かけて、その美しい筋肉とサラサラの血液を維持して差し上げます! さあ、鼻をつまんで!」


「嫌ぁぁぁっ! 私は自由になったのよ! ステーキを食べるのよォォッ!」


 逃げ惑うお嬢様と、それを満面の笑みで追いかけ回すミア様。 私はそっと目を閉じ、ポケットから取り出した胃薬を噛み砕いた。


(……ええ。魔王の脅威は去りました。しかし、ミア様の「過剰介護ストーキング」という病は、不治の病だったようです)


 どうやら、私の胃痛が治まる日は、まだまだ先のようである。


 一方、中庭では。


「見ろ、アレクサンダー。今日も二人が仲良く(?)追いかけっこをしているぞ」


「はい、殿下。平和になった今でも、お二人の絆は永遠ですね」


 クリストファー殿下とアレクサンダー様が、木陰から生温かい目でその光景を見守っていた。 彼らが立ち上げた『見守る会』は、事件を経て全校生徒の八割が加入する公式ファンクラブへと成長しており、今や学園最大の勢力となっている。


「彼女たちの尊き日常を、我々が全力で守り抜くのだ」


「御意」


 王太子のポンコツな勘違いもまた、不治の病であった。 こうして、王立学園には今日も、やかましくも平和な日常が流れていくのだった。


世界が平和になっても、彼女たちの日常ドタバタは終わりません!

魔王の脅威が去った今、ミアの過剰介護は「生活習慣病の予防とアンチエイジングのフェーズ」へと移行しました(笑)。

「私は自由になったのよ! ステーキを食べるのォォ!」と逃げ惑う大英雄エリザベートと、特大青汁ジョッキを持って追いかけ回す白衣の天使。

そして、その光景を「尊き日常」と生温かい目で見守る、全校生徒の8割が加入した公式ファンクラブ『見守る会』の王子たち。

アンナさんの胃痛と、王子たちのポンコツな勘違いは、どうやら不治の病だったようです!

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