第85話「白衣の天使の執刀」
【Side: Mia】
「さあ……憎き『病巣』の摘出を始めます!!」
私が叫んだ瞬間、エリザベート様の体から溢れ出していた漆黒のヘドロ(瘴気)が、私を排除しようと一斉に牙を剥いた。 巨大な黒い腕となって私に襲いかかる瘴気。 だが、私は怯まない。
「『聖なる盾』展開! 滅菌レベルMAX!」
私は左手で分厚い光の壁を作り、瘴気の物理的・精神的な攻撃をすべて弾き飛ばした。 そして、右手には何ヶ月も血の滲むような特訓を重ねて作り上げた、ミクロン単位で研ぎ澄まされた『光のメス』。 私はエリザベート様の体に密着し、彼女の胸元(魔力回路の中枢)へとその光を静かに、しかし迷いなく差し込んだ。
「メス、入ります!」
「あがッ……!!」
エリザベート様が激痛に身をよじらせる。 正常な細胞(魔力回路)と、そこに根を張るガン細胞(魔王の瘴気)の癒着を引き剥がす痛みだ。 彼女の魔力回路は、想像以上に複雑で、そしてボロボロだった。 一人で世界の呪いを背負い、耐え続けてきた痕跡。
(痛いですよね。でも、絶対に傷つけません。私が全部、綺麗に切り取りますから!)
私は全神経を指先に集中させた。 汗が目に入るが、拭う暇もない。瞬きすら惜しい。 光のメスが、暗闇の中の黒い根を一本、また一本と正確に焼き切っていく。 彼女の魂から切り離された瘴気は、行き場を失い、私たちの頭上で巨大な黒い渦となって実体化し始めた。
「……ミ、ミア……!」
エリザベート様が、荒い息を吐きながら私の腕を掴んだ。
「今よ! 床の術式に……魔力を!」
彼女の言葉にハッとする。 そうだ。切り離した瘴気を逃がさないための『隔離結界』。 私たちが深夜の講堂に這いつくばって仕込んだ、古代の封印術式だ。 私は足元から魔力を流し込んだ。 エリザベート様が定着液で描いた見えない幾何学模様が、黄金の光を帯びて床から浮かび上がる。
「『絶対隔離領域』……起動ッ!!」
カァァァァッ! と、講堂の床から巨大な光の柱が立ち上がり、私とエリザベート様、そして実体化しつつある巨大な瘴気の塊を完全にドーム状に包み込んだ。 これで、どれだけ瘴気が暴れても、外の生徒たちに被害は及ばない。
『ギァァァァァァァッ!!』
隔離されたと悟った瘴気が、名状しがたい叫び声を上げた。 それはもはや霧ではなく、泥と影で構成された巨大な怪物──システムの残滓(擬似魔王)へと変貌していた。 怪物は、自らを閉じ込める光の結界を、巨大な拳でドスンドスンと叩きつけ始めた。
メキッ、ピシッ!
結界に亀裂が走る。 (まずい! 瘴気の質量が大きすぎる! このままじゃオペが終わる前に結界が破られる!)
私は右手でメスを操作しながら、左手と足で結界を維持している状態だ。 これ以上、結界に魔力を回せば、メスの精度が落ちてエリザベート様の魔力回路を傷つけてしまう。
「くっ……持ち堪えて……!」
私が絶望しかけた、その時だった。
「彼女たちの聖域(オペ室)を、死守せよォォォッ!!」
結界の外から、地響きのような号令が轟いた。 見ると、クリストファー殿下を先頭に、アレクサンダーや、以前彼らが名乗っていた謎の組織『見守る会』のメンバーらしき数十人の生徒たちが(殿下たち二人だけじゃなかったんですか!?)、結界の外壁を取り囲むように陣形を組んでいた。
「殿下!? なにを……!」
「我々は知っている! 君たちが毎晩、この講堂で世界のために孤独な戦い(準備)をしていたことを!」
殿下が剣を掲げ、熱い涙を流しながら叫ぶ。
「今こそ、彼女たちの尊き自己犠牲に報いる時だ! 全員、結界に魔力を注ぎ込め! 防波堤となれ!」
「「「おおおおおッ!!」」」
数十人の貴族の生徒たちが一斉に魔力を放ち、結界の外側から黄金のドームを補強し始めた。 ピシピシと音を立てていた亀裂が、彼らの魔力(と謎の熱い信仰心)によって瞬く間に修復されていく。
(えっ、なんかすごく助かるけど……これ、いつもの勘違いの産物ですよね!?)
「いけえぇぇ! 二人の尊い絆を邪魔する化け物め! 俺たちが相手だ!」
「ミア様、エリザベート様を頼みます! 我々の祈り(バフ)を力に!」
外からの熱烈な応援と祈りが、光の魔力となって私の中に流れ込んでくる。 圧倒的な安心感。そして、無限に湧き上がる魔力。
「……本当に、バカな人たち」
私の腕の中で、エリザベート様が痛みに耐えながら、呆れたように、けれど嬉しそうに笑った。
「ええ! でも、最高の盾です! これなら……いけます!」
私は光のメスに、さらなる魔力を注ぎ込んだ。
「さあ……憎き『病巣』の摘出を始めます!!」
ついに始まった、ミクロン単位の『光のメス』による前代未聞の瘴気抽出オペ!
引き剥がされた瘴気は巨大な怪物へと変貌し、二人が張った隔離結界を内側から破壊しようと暴れ狂います。魔力と結界維持の二重苦でミアが限界を迎えそうになった、その時!
「彼女たちの聖域(オペ室)を、死守せよォォォッ!!」
結界の外から魔力を注ぎ込んでくれたのは、クリストファー殿下率いる数十人の『見守る会』のメンバー(いつの間にそんな大所帯に!?)でした!
今までの盛大な勘違いが、ここに来て最強のバフ(盾)として機能する超熱血展開! 最高の防波堤を得て、ミアの光のメスがさらに輝きを増します!
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