第84話「開廷のベル」
【Side: Elizabeth】
パーティーが中盤に差し掛かり、ワルツの音楽がふっと止んだその時だった。 会場の照明が不自然に落ち、シャンデリアの光が中央のダンスフロアだけを照らし出す。
「エリザベート・フォン・ローゼン!!」
静寂を切り裂くような、鋭い男の声。 人垣をかき分けて進み出てきたのは、第一王子派閥に属する宰相の息子、リヒターだった。 彼は私のことを昔から目の敵にしている、典型的な「当て馬キャラ」だ。
「貴様のその傲慢な顔を見ているのも、今日が最後だ! 私は今ここで、貴様の数々の悪行を告発する!」
リヒターが私をビシッと指差す。 その背後には、彼に賛同する数名の貴族令息たちが立ち並んでいた。 会場が騒然となる。
(……あら?)
私は扇子の向こうで、小さく首を傾げた。 本来のシナリオであれば、ここで私を断罪するのは、私の婚約者である「第二王子クリストファー」のはずだ。 しかし、視界の隅で、クリストファー殿下とその側近(見守る会)は、「えっ? なにやってんのあいつら?」とばかりに、ポカンとしてリヒターたちを見ている。殿下に至っては、手元のサンドイッチを食べるのをやめてフリーズしている。
(なるほどね……)
納得がいった。 クリストファー殿下は私のことを「自己犠牲の英雄」だと盛大に勘違いしているため、私を断罪する意志が完全に消滅してしまったのだ。 しかし、システムとしては何がなんでも「断罪イベント」を起こさなければならない。 だから、急遽「リヒター」という代役の精神を操作し、無理やり断罪のシナリオを進行させているのだ。
「貴様は! 聖女候補であるミア男爵令嬢に対し、数々の陰湿ないじめを行った!」
リヒターの声が、講堂に響き渡る。
「入学式翌日、彼女の下駄箱に卑劣な脅迫状を入れ! 食堂では彼女の制服にスープをぶちまけようとし! さらには階段から彼女を突き落とそうとした! 極めつけは、ダンジョン実習で危険な香を使い、彼女を魔物の餌食にしようとしたことだ!」
リヒターが罪状を並べ立てるたびに、周囲の生徒たちが「なんてことだ」「やっぱり魔女だ」と私を睨みつける。 システムの洗脳が、彼らの認識を「悪」へと誘導していく。
『……ほら、見ろ。お前は憎まれている』
『誰も、お前を助けやしない』
『さあ、怒れ。すべてを壊してしまえ』
私の体内で、魔王の瘴気が喜悦の声を上げ、どす黒い感情を脳裏に送り込んでくる。 血が沸騰するような怒り。何もかもを破壊したくなる衝動。 視界が赤く染まりそうになる。 このまま絶望し、怒りに身を任せれば、私は完全に魔女として受肉するだろう。
──だが。
(……笑わせないで)
私は、そのどす黒い衝動を、冷ややかな理性でねじ伏せた。 絶望? 孤独? 冗談じゃない。 私はたった一人じゃない。今も会場の向こうで、ミアがいつでも飛び出せるように杖を握りしめ、私の背中を支えるように見守ってくれているのだから。 それに、前世で数々の凶悪犯と対峙してきた私にとって、この程度の「論告求刑」など、児戯に等しい。
「……ふふっ。あははははっ!」
私は扇子を閉じ、講堂に響き渡るような冷ややかな笑い声を上げた。 その堂々とした態度に、リヒターがたじろぐ。
「な、何がおかしい!」
「ええ、おかしいですわ。あまりにもお粗末な告発で、欠伸が出そうになりましたの」
私はカツン、とヒールを鳴らして、リヒターの前に進み出た。 ここからは、私の土俵(法廷)だ。
「リヒター公子。貴方は今、私を『告発』すると言いましたわね?」
「そ、そうだ! 貴様の罪は明白……!」
「……呆れましたわ。その程度の憶測と偏見で、人を罪に問えると思っているのかしら」
私の氷のような声が、リヒターの言葉をスッパリと斬り捨てた。 会場が水を打ったように静まり返る。
「なっ……これだけの目撃者が……!」
「目撃者? あやふやな印象(システムによる洗脳)だけの証言に、どれほどの価値がありまして? そもそも、貴方が並べ立てた罪状には、法的な根拠も物理的な証拠も何一つ提示されていませんわ」
あまりにもお粗末な告発内容に、私の中の『元・検察官』の血が冷たく冴え渡っていく。 こんな穴だらけの起訴事実、スイッチを入れて本気になるまでもない。淡々と事実を突きつけるだけで十分だ。
「第一に『脅迫状』について。現物はどこに? 筆跡鑑定は行ったのかしら? 私が投函したという物的証拠は? 第二に『食堂でのスープ事件』。私はあの時、自らの体調不良により吐血しただけであり、ミアさんを攻撃した事実はありません。彼女自身がそれを証明していますわ」
「ぐっ……それは……」
「第三に『階段突き落とし事件』。あれも、モブ……いえ、子爵令嬢が足を滑らせたのを、私とミアさんで救助しただけのこと。周囲の目撃証言も『華麗な連携救出劇』で一致しているはずですわね。これを『突き落とそうとした』と歪曲するのは、名誉毀損に該当しますわよ」
一つ一つ、当たり前の事実を確認していく。 強引な解釈を論理で淡々と潰されていき、リヒターは顔を青ざめさせ、後ずさる。 システムの強制力など、客観的な事実と証拠の前には無力だ。
「そして極めつけは『ダンジョンの魔物暴走』ですわね」
私は扇子で、今度は貴賓席にいるクリストファー殿下を指し示した。
「あの事件は、殿下や騎士団の調査により『魔物の自然発生による事故』として公式に処理されています。それを覆し、私個人の犯行だと断定するのであれば……リヒター公子、貴方は王室および騎士団の調査能力を侮辱し、国家の公式見解に反逆するということになりますが、よろしいのかしら?」
「なっ……!? ひ、殿下! 私はそのようなつもりは……!」
リヒターはパニックになり、クリストファー殿下の方を振り向いた。
殿下は立ち上がり、静かに、しかし威厳のある声で告げた。 「エリザベートの言う通りだ、リヒター。彼女はあの時、身を挺して生徒たちを守った英雄だ。それを根拠もなく愚弄することは、この私が許さない」 「そ、そんな……」
リヒターは崩れ落ちた。 周囲の貴族たちも、「そうだ、彼女は英雄だ」「なんと理路整然とした反論だ」と、システムの洗脳から解き放たれ、私への称賛を取り戻していく。
(……勝った。この異世界法廷(バカバカしい茶番)、私の完全勝訴よ!)
私が内心で勝ち誇った、その瞬間だった。
『……アァァ……アアアァァァッ!!』
私の心臓を、黒い爪が直接鷲掴みにしたかのような、凄まじい激痛が走った。
「がッ……!?」
膝から崩れ落ちそうになるのを、必死に堪える。 しまった。論破してしまった。 断罪イベントを完全に粉砕してしまったことで、システムが「シナリオの修復は不可能」と判断したのだ。
『断罪サレナイノナラ。……全テヲ、壊スダケ』
私の中の魔女(瘴気)が、もはや私の肉体という檻を破り、実体化して溢れ出ようと暴れ始めた。 床の石畳がミシミシと音を立ててひび割れ、私の足元から、ヘドロのような漆黒の闇がどろどろと溢れ出す。
「な、なんだあれは!?」
「影が……膨れ上がっている!?」
会場が本物のパニックに包まれる。 私の意識が、急速に黒く染まっていく。 ダメだ、抑えきれない。
「……ミア……ッ!」
私が声を振り絞った、次の瞬間。 純白のドレスが宙を舞い、ミアが私の目の前に飛び込んできた。 その手には、眩い光の束──ミクロン単位で研ぎ澄まされた『光のメス』が握られている。
「よく耐えましたね、お姉様!」
ミアは、燃え盛る闇の中に飛び込みながら、力強く叫んだ。
「さあ……憎き『病巣』の摘出を始めます!!」
突如として始まった断罪イベント! しかし、告発者は婚約者のクリストファー殿下ではなく、当て馬キャラのリヒターでした。(殿下はサンドイッチを食べてフリーズ中)
システムの洗脳によって無理やり進行するお粗末な告発に対し、ついにエリザベートの『元・検察官』の血が完全に覚醒します!
「あやふやな印象だけの証言に、どれほどの価値がありまして?」
証拠不十分、名誉毀損、さらには国家の公式見解への反逆罪まで持ち出し、淡々と論破していく異世界法廷劇!
しかし、完全勝訴した瞬間にシステムが修復不可能と判断し、ついに魔女の瘴気が実体化を始めてしまいます。崩れ落ちるエリザベートの元へ、純白のドレスが舞い降りました!




