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第83話「運命の卒業パーティー」

【Side: Elizabeth】

 3月。長く厳しかった冬が終わりを告げ、王都に春の息吹が満ちる季節。 しかし、私──エリザベート・フォン・ローゼンの胸中には、春の暖かさなど微塵もなかった。


「……アンナ。準備はいいわね」


「はい、お嬢様。コルセットの締め具合も、髪の結い上げも完璧でございます」


 女子寮の自室、その巨大な姿見の前に立つ。 私が身に纏っているのは、燃えるような真紅と、深い漆黒を基調とした豪奢なイブニングドレス。 首元には血の滴りのようなルビーのチョーカーを光らせ、扇子には黒鳥の羽をあしらっている。 誰がどう見ても、物語の最後に立ちはだかる「悪役令嬢ラスボス」の完全武装だ。


「アンナ。今日、大講堂で何が起きても、貴女は絶対に私に近づかないで。安全圏から動かないこと」


「……承知しております。ですがお嬢様、もしもの時のために……」


 アンナはエプロンのポケットから、見慣れた胃薬の小瓶を……いや、小瓶ではなく、特大サイズの業務用ボトルを取り出して見せた。


「胃薬のストックは一年分ございます。お嬢様が無事に帰還されるまで、私の胃は絶対に持ち堪えてみせますので」


「ふふっ。頼もしいメイドね。……行ってくるわ」


 私は踵を返し、決戦の地である大講堂へと向かった。


(体調は……最悪ね)


 廊下を歩くたびに、内臓を鉛で削られているような鈍い痛みが走る。 私の魂の奥底で、限界まで膨れ上がった「魔王の瘴気」が、今か今かと解放の時を待ち侘びているのだ。 今日、この「卒業パーティー」という舞台は、この世界システムが私を断罪し、破滅させるために用意した最大の処刑場。 システムの強制力は、私の体内の瘴気をかつてないほどに活性化させている。


 大講堂の重厚な扉が開かれる。 すでに会場には、卒業生や在校生、そして王都の貴族たちが集まり、華やかな音楽と共に歓談の輪が広がっていた。


 しかし、私が足を踏み入れた瞬間、その空気が一変した。


「……来たぞ」


「公爵令嬢だ……」


「なんて恐ろしい威圧感……近寄るな……」


 ヒソヒソという囁き声が、波紋のように広がっていく。 皆の目が、私を「異物」として、あるいは「敵」として捉えている。 普段から私は恐れられていたが、今日のこれは異常だ。 彼らの瞳には、理屈を超えた「生理的な嫌悪感」と「敵意」が浮かんでいる。


(これが……システムの強制力)


 シナリオを予定通りに進行させるため、世界そのものが「エリザベートは悪である」という認識を、会場にいるモブキャラクターたちの脳内に強制的に書き込んでいるのだ。 息苦しいほどの圧迫感。四面楚歌。


 私は扇子を開き、その敵意の波を悠然と受け流すように、会場の隅へと歩を進めた。


 視線の先、会場の中央付近に、純白のドレスに身を包んだミアの姿があった。 彼女は光り輝くような笑顔で周囲の生徒たちと談笑していたが、私が入場した瞬間、その視線が真っ直ぐに私を射抜いた。


(隔離結界の術式は、スタンバイOKよ。あとは合図を待つだけ)


(分かりました。私の「光のメス」も、いつでもいけます。絶対に、引き剥がしてみせます)


 言葉は交わさない。 だが、視線だけで私たちの意志は完全に同調していた。 彼女の瞳には、一切の迷いがない。私の命を、そして世界を救うという、強烈な覚悟の光だけが宿っている。


(頼んだわよ、私の専属医ストーカーさん)


 私は静かに目を閉じ、その「時」が来るのを待った。


ついに迎えた、運命の卒業パーティー当日。

悪役令嬢ラスボスの完全武装で大講堂に足を踏み入れたエリザベートを待っていたのは、システムによる強制的な「生理的な嫌悪感」と「敵意」の波でした。

しかし、彼女はもう孤独ではありません。

視線の先には、純白のドレスに身を包み、いつでも飛び出せるように覚悟を決めている専属医ミアの姿。

アンナさんの「一年分の胃薬ストック」という心強い(?)援護も受け、エリザベートは静かにその時を待ちます。


※「アンナさん胃を大切に……」「二人の視線での会話が熱い!」と胸が熱くなった方は、ぜひ下部の星(☆☆☆)から評価をお願いいたします!

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