第80話「Xデーの選定理由」
【Side: Elizabeth】
私が夜の図書室の禁書庫に忍び込み、埃まみれの古文書や天体図と睨み合うようになってから、もう一ヶ月が過ぎていた。
「……やっぱり、この日しかないわね」
私は分厚い星図の上に、赤いインクで大きく「X」の印をつけた。 ミアは現在、瘴気を切り離すための「光のメス」の特訓に明け暮れている。 だが、あの『瘴気抽出オペ』には、メスの精密さとは別にもう一つ、絶対にクリアしなければならない「重大な課題」があった。
それは、「剥がし取った膨大な瘴気を、どうやって封じ込めるか」だ。
私の中から抽出された魔王の瘴気は、行き場を失って一時的に実体化し、周囲を無差別に汚染しようと暴れ狂うはずだ。 ミアは以前、「実体化した瘴気は、私と王子殿下たちで物理的に叩き潰す(撲殺する)」などと物騒な解決策を提示していたが、そのためにはまず、暴れ狂う瘴気を逃がさず、彼らが安全に物理でタコ殴りにできるだけの強固な「箱(結界)」が絶対に必要となる。 さらに厄介なことに、私の中に根を張った瘴気は、普段は私の魂にピタリと張り付いていて、いくらミアのメスが鋭くても簡単に剥がすことはできない。
では、どうすれば瘴気を私の魂から引き剥がしやすくなるのか? その答えは、この世界を支配する「運命の力」を逆手に取ることだった。
「この世界が、私を『悪役』として断罪し、破滅へと導こうと最も強く働く瞬間。……その時、私の中に巣食う瘴気(悪意)は、その運命の奔流に呼応して最も活性化し、私自身の魂から浮き上がるはずよ」
それが、瘴気を切り離す「唯一の隙」。 そして、この学園生活において、その破滅への流れが最大出力で収束する日。 それこそが──春に行われる『卒業パーティー』の日だ。
本来のシナリオ(無印版)であれば、あのパーティーの場で私は数々の悪行を暴かれ、クリストファー殿下に婚約破棄を突きつけられ、絶望と共に完全な魔女へと堕ちる。 世界が私を拒絶し、運命が私を排除しようとする、その決定的な瞬間。 だからこそ、私たちはその日を「オペの決行日(Xデー)」に設定したのだ。
「卒業パーティーの会場全体に、あらかじめ瘴気を閉じ込めるための『隔離結界』を何重にも仕込んでおく。そして、世界が私を断罪しようとした瞬間、ミアがメスを入れて瘴気を引きずり出す……」
口で言うのは簡単だが、狂気の沙汰だ。 失敗すれば、パーティー会場にいる王族や貴族たちを巻き込んでの大惨事になる。 だからこそ、私は毎晩こうして禁書庫に籠り、誰にもバレずに会場の床や壁に仕込める、透明で強固な「古代の封印術式」の解読と設計を進めているのだ。
「……お姉様。またこんな暗い所で、目を悪くしますよ」
不意に、背後からランタンの光が差し込んだ。 振り返ると、手作りの夜食(温かいスープ)を持ったミアが立っていた。
「ミアさん。特訓はいいの?」
「休憩時間です。お姉様こそ、また難しい顔をして。脳がブドウ糖を欲しがっていますよ」
彼女は私の机の上の星図や術式の設定図をチラリと見て、ふふっと笑った。
「すごいですね。これ、全部お姉様が一人で計算してるんですか?」
「当たり前でしょ。貴女は魔法の出力は脳筋レベルだけど、緻密な術式の構築は苦手じゃない。結界の準備は私がやるしかないのよ」
「はいはい。頼りにしていますよ、最高の悪役令嬢様」
彼女はスープの入ったカップを私に手渡した。 温かいスープを一口飲むと、張り詰めていた神経が少しだけ緩むのを感じた。
「……ねえ、ミア」
「はい?」
「卒業パーティーの日。もし、私が闇の奔流に完全に飲み込まれて、瘴気を引き剥がす前に正気を失ってしまったら……」
私が最悪の想定を口にしようとした瞬間、ミアの指が私の唇を塞いだ。
「そんなこと、させません。私が絶対に、貴女の手を引っ張って現実に引き戻します」
彼女の瞳は、どんな暗闇の底でも迷わない、強い光を宿していた。
「貴女は結界を作って、ただ待っていてくれればいいんです。私が必ず、貴女を助け出しますから」
「……本当に、貴女は傲慢なヒロインね」
私は苦笑して、彼女の指をどけた。 私たちが選んだ道は、この世界が定めようとする運命を真っ向から騙し、利用し、打ち破るための茨の道だ。 準備に時間はかかる。数ヶ月という猶予は、長すぎるようで、あまりにも短い。
「ええ、信じているわ。私の優秀な主治医さん」
卒業パーティーまで、あと数ヶ月。 彼女の「光のメス」と、私の「封印結界」。 二つの刃が揃うその日まで、私たちは誰にも悟られることなく、この世界に対する反逆の刃を研ぎ澄まし続けるのだ。
ミアがメスを研ぐ裏で、エリザベートは引き剥がした瘴気を閉じ込める「隔離結界」の構築に奔走していました。
オペの決行日(Xデー)は、システムが最もエリザベートを排除しようと働き、瘴気が浮き上がる『卒業パーティー』の断罪の瞬間!
「私が闇に飲み込まれたら……」「絶対に現実に引き戻します」
夜食のスープを挟んで交わされる、究極の信頼。二つの刃(光のメスと封印結界)が揃う春の日に向けて、最高のバディの準備は最終段階へと突入します!
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