第77話「休息のお茶会(という名の心理戦)」
【Side: Elizabeth】
年が明け、1月。 王都に厳しい寒波が到来する中、私とミアの「偽装悪役&過剰介護」の日々は続いていた。 しかし、ここ数日、私は一つの重大な懸念を抱いていた。
(……ミアさんの顔色が、少し悪いわね)
休日の午後。自室のテラスに設えられたティーテーブル越しに、向かいに座るミアを観察する。 彼女の目の下には、うっすらと隈ができている。 無理もない。彼女は学業に加え、私の毎日の食事(青汁)の調合、夜間の見回り、さらには「バッドエンド回避のための文献調査」まで、一人で抱え込んでいるのだ。 いくら聖女で体力があるとはいえ、このままでは彼女の方が倒れてしまう。
(悪役たるもの、敵が疲労で自滅するのは歓迎すべきこと……いや、ダメよ。彼女が倒れたら、私の健康管理(青汁)は誰がするの。……それに、普通に心配じゃない)
私は扇子で口元を隠し、素早く思考を巡らせた。 彼女に「休みなさい」とストレートに言っても、「私は大丈夫です!」と意固地になるだけだ。 ならば、悪役らしく「理不尽な命令」で彼女を部屋から追い出し、強制的に休ませるしかない。
「……ミアさん」
私は、彼女が淹れてくれた紅茶を一口飲み、わざとらしく顔をしかめてカップをソーサーにガチャン!と叩きつけた。
「こ、こんなぬるくて香りの飛んだ紅茶、飲めたものじゃありませんわ!」
「えっ!? 申し訳ありません、お湯の温度が……」
「言い訳は聞きたくありません! 今すぐ淹れ直してきなさい!」
私は立ち上がり、最も高慢な態度で彼女を見下ろした。
「いいこと? 私の舌が満足する究極の一杯が完成するまで、ここへ戻ってくることは許しません! 茶葉の選定からお湯の沸かし直しまで、何時間かかっても構わないわ。……というか、日が暮れるまで厨房(または自室)で反省していなさい!」
(完璧よ。これで彼女は「美味しい紅茶を淹れる」という口実で厨房の隅か自室で休めるはず。「何時間かかってもいい」と言ったのだから、そのまま昼寝してくれても一向に構わないわ)
「……ッ!」
ミアは目を見開き、そして深く頭を下げた。
「承知いたしました……! 必ずや、エリザベート様にご満足いただける究極の一杯をご用意いたします!」
彼女はティーセットをお盆に乗せ、猛烈なスピードで部屋を飛び出していった。 私はホッと息を吐き、ソファに深く腰掛けた。 これでよし。夕方までは、私にも彼女にも平穏な休息の時間が訪れるはずだ。
──しかし。
【Side: Mia】
(エリザベート様……なんて不器用な優しさ!)
厨房へと急ぐ私の胸は、感動で熱く震えていた。 私が連日の文献調査で睡眠不足になっていること、彼女はちゃんと気づいてくれていたのだ。 『何時間かかっても構わない。日が暮れるまで戻ってくるな』。 それはつまり、「私のことは気にせず、自分の部屋でゆっくり寝てきなさい」という、彼女なりの照れ隠しの休息命令に他ならない。
「でも、お姉様。私は絶対に倒れたりしませんから!」
彼女が私の体を気遣ってくれている。その事実だけで、全身に活力がみなぎってくる。 私が休んでいる間、彼女の体内に蓄積する瘴気が悪さをしたらどうするのだ。 休んでいる暇などない。彼女の「優しい嘘」に応えるためにも、私は本当に「究極の一杯」を完成させてみせる!
私は厨房に籠り、持参した医療キット(ハーブと魔力素材)を展開した。
「紅茶のカフェインは交感神経を刺激してしまいます。今の彼女に必要なのは、圧倒的な血流改善と免疫力の向上……!」
私は最高級の茶葉を脇へ退け、すり鉢と鍋を取り出した。 高麗人参、ドクダミ、鉄分豊富な冬野菜、そして少量の魔力結晶。 これらを煮詰め、特製の『滋養強壮・魔力回復スペシャル青汁ティー』を錬成する。
「ふふふ……できましたわ、お姉様。私の愛の結晶が!」
三時間後。 エリザベート様が「そろそろ昼寝から起きてくるかしら」と優雅に読書をしていた部屋に、私はドロドロの深緑色の液体が入ったティーポットを持って凱旋した。
「お待たせいたしました! 究極の一杯です!」
「えっ、もう!? っていうか何よその色は! 紅茶の要素が一つもないじゃない!」
「一口飲めば、全身の細胞が歓喜の声を上げますよ! さあ、冷めないうちに一気飲みを!」
「嫌ぁぁぁっ! 休めって言ったのに、なんで青汁がパワーアップして戻ってくるのよォォ!」
過労気味のミアを休ませるため、エリザベートは「究極の紅茶を淹れるまで戻ってくるな!」と悪役らしい(?)理不尽な命令を下します。
しかし、その不器用な気遣い(ドクターストップ)を完璧に察知したミアは感動に震え、「お姉様のために究極の一杯を!」と厨房へ!
3時間後、休むどころか全力で錬成された『滋養強壮・魔力回復スペシャル青汁ティー(ドロドロ)』が凱旋を果たします。
気遣いが青汁になって返ってくる、これぞ究極のすれ違い愛情表現です! エリザベート様、一気飲み頑張って!




