第72話「深夜の作戦会議(システムの強制力)」
その日の深夜。女子寮の最上階。 エリザベートの私室の空気が、カチャリという小さな金属音と共に揺れた。
「失礼します、お姉様! 今夜の作戦会議の時間です!」
「ちょっと。ノックくらいしなさいよ」
隣室からのコネクティングドアを堂々と開け放ち、ミアがパジャマ姿で侵入してきた。 手には、お馴染みの特製青汁と、前世の記憶を書き留めた分厚いノートが抱えられている。
「アンナ! なぜコネクティングドアの鍵をかけておかなかったの!」
「申し訳ありません、お嬢様。ミア様がお持ちになった『特製青汁』の気配を察知し、お嬢様の健康のために自ら解錠させていただきました」
部屋の隅で静かに控えていた専属メイドのアンナが、一切の表情を変えずに一礼した。 その手には、主の奇行と不憫な運命を見守り続けるための必需品である、特濃の胃薬がしっかりと握られている。すっかりミアの「健康管理」に寝返ったメイドに、エリザベートは恨めしそうな視線を送ったが、アンナはどこ吹く風だ。
「もう隠す必要はありませんからね。はい、今日の分の『鉄分マシマシ・安眠青汁』です。一気飲み推奨です」
「……味がさらに凶悪になっていない? 私、病気じゃないって分かったんだから、こんなもの飲む必要……」
「病気じゃなくても、儀式の疲労は残っています! いざという時のために、免疫力と基礎体力をカンストさせておく必要があります! さあ!」
「んぐっ……! 相変わらず容赦ないわね……!」
エリザベートは涙目で青汁を飲み干し、ベッドの上にどさりと倒れ込んだ。 すれ違いが解けて情報共有ができるようになっても、ミアの「過剰介護(物理)」というスパルタなプレイスタイルは一切変わらない。
「ミッション完了ですね。アンナさん、ありがとうございます。おやすみなさい」
「はい。お嬢様、ミア様、ごゆっくりお休みくださいませ」
アンナは一礼すると、空になった青汁のグラスを素早く回収し、音もなく部屋を退出していった。 これで完全に二人きりだ。
「さて、本題に入りましょう」
ミアはベッドの横に椅子を引き寄せ、真剣な表情になった。
「昼間、お姉様が『今まで通りの関係を装う』と言った理由ですが……やはり、周囲の目を気にしてのことですか?」
エリザベートは起き上がり、ふぅと息を吐いた。
「それもあるけれど、一番の理由は『システムの強制力』への警戒よ」
「強制力……ですか」
「ええ。考えてもみなさい。これまで私がどれだけ悪事を働いても、逆に貴女を助けてしまっても、クリストファー殿下たちは無理やり美談に解釈して私たちを『表向きは対立しているけれど、裏には深い絆がある』と結論づけてきたわよね」
「確かに。殿下たちの超解釈には、いつも助けられて(?)きました」
「あれはただの鈍感さじゃないわ。もし彼らが『私はただの不器用で良い人だ』と完全に認めてしまえば、この物語から『悪役』が消滅してシナリオが破綻してしまう。だから世界は、どんな善行も『悪役なりの歪んだ指導』や『敵対関係の中の悲劇』という枠組みの中に無理やり押し込めることで、『悪役とヒロイン』という対立構図を何がなんでも維持しようとしているのよ。見えない修正力(認知フィルター)が働いている可能性が極めて高いわ」
エリザベートの懸念は、最悪の事態を想定する彼女特有の冷徹なリスク分析に基づいていた。 この相反するシナリオが混在する世界で、メインキャラクターである二人が急に設定を完全破壊すればどうなるか。
「シナリオの前提が完全に崩れたと判断した世界が、エラーを修正するために、例えば『不慮の事故』や『周囲の人間の洗脳による暴走』といった強権を発動して、私を物理的に排除しにかかるリスクがある。今の私たちに、世界そのものを敵に回す準備はできていないわ」
「……なるほど。言われてみれば、ダンジョンの魔物暴走や、学園祭でのお姉様の感情の昂ぶりも、まるで世界が無理やり『悪役に仕立て上げよう』と誘導しているみたいでした」
「え? あ、あー……そうね。学園祭のあれは、その、システムのせいというか……」
エリザベートは少しバツが悪そうに視線を逸らし、口ごもった。 あの時の『弱者が泣き叫ぶ声こそ極上の音楽だわ!』という渾身の悪役アドリブは、システムに誘導されたわけではなく、完全に彼女自身の意思(ノリノリの演技)だったからだ。 だが、今更「あれは私が本気で嫌われようと張り切りすぎただけよ」とは恥ずかしくて言えず、彼女は誤魔化すように咳払いをした。
ミアはそんな彼女の内心の葛藤に気づかず、最悪の事態を想定し、表情を引き締めてそのリスクに深く同意した。 卒業パーティーまで生き残るという条件付きの猶予を得た以上、不用意にシステムを刺激するのは得策ではない。
「だから、卒業パーティーで決着をつけるその日まで、システムを騙すために、これまで通り『いがみ合う敵同士』の茶番劇を続けるわよ」
「偽装悪役、というわけですね。得意分野ですね、お姉様!」
「うるさいわね。……でも、裏では貴女がしっかりと情報を共有してちょうだい」
「はい! もちろん、健康管理もガッツリ付き合いますからね!」
こうして、二人の間には正式に「偽装悪役と同盟」の密約が結ばれたのだった。
深夜の女子寮。青汁の気配を察知して自ら鍵を開けるアンナさん、有能すぎます(胃薬を握りしめながら)。
急に善人になるとシステムのエラー修正(物理的排除)が来るかもしれない。元・検察官の冷徹なリスク分析により、卒業パーティーまで「偽装悪役の茶番劇」を続ける密約が結ばれました!
……ちなみに、学園祭のアドリブ悪役台詞はシステムのせいではなく「ただのノリ(本人の演技)」だったことは、エリザベートの胸の内にそっとしまっておきましょう。
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