第71話「アドリブの悪役(茶番劇の始まり)」
始祖の神殿を包み込んでいた、目も眩むような光の結界が、弾けるようにして霧散した。 暴走しかけていた強大な魔力が収まり、神殿内に再び静寂が戻る。
光が晴れた祭壇の中央にいたのは、黒く焦げることもなく、不浄な者として弾き飛ばされることもなく、ただしっかりと抱き合う二人の少女──漆黒の法衣を纏ったエリザベートと、純白の法衣を纏ったミアの姿だった。
「おお……! 聖女の光が、魔女の闇を浄化したぞ!」
「あんなに苦しそうだったローゼン公爵令嬢が、安らかな顔をしている……」
周囲を囲む生徒たちや、見学席の教師たちが、感嘆の声を漏らし始める。 彼らの目には、この異常事態が「聖女の愛と光が、悪役の抱える闇を包み込み、怒りを鎮めた」という感動的な宗教画のように映っていた。
だが、抱き合っている二人の内情は、そんな神聖なものではない。 エリザベートの前世から持ち越した冷徹な頭脳は、周囲の視線を浴びながらフル回転で状況を分析していた。
(いくら誤解が解けたからといって、ここで急に手を取り合って和解をアピールするのは不自然すぎるわ……! 自分はこれまで、散々悪役として振る舞ってきたのだから。 ここで急に人が変わったように善人になれば、周囲は混乱し、無用な詮索を招いてしまう。まずは状況を整理し、今後の方針を二人で固める必要がある。それまでは、安易な態度変更は避けるべきだわ)
エリザベートは、ミアの肩に顔を埋めたまま、口を動かさずに微かな声で囁いた。
「……ミア。ここはとりあえず、今まで通りの関係(敵対)を装って切り抜けるわよ。話は後で」
「……はい、お姉様。合わせます」
ミアも即座に意図を察し、小さく頷いた。 密かな同盟が結ばれた瞬間、エリザベートは小さく息を吸い込み、バッ! とミアの体を乱暴に突き飛ばした。
「気安く触らないでちょうだい、平民!」
講堂に、エリザベートの氷のような声が響き渡った。 周囲の感動ムードが、一瞬にして凍りつく。
「私の力は、こんな石ころ(クリスタル)の光ごときで浄化されるような安いものではありませんわ! 今日のところは、これくらいで許してさしあげます!」
エリザベートは扇子をバサリと開き、最も高慢な角度で顎を上げた。
「覚えていなさい、ミア・ゼン・シャーカン。この屈辱、必ずや百倍にして返してやりますわ!」
三流の悪役のような捨て台詞。 しかし、その顔はほんの少しだけ赤く染まっており、扇子を持つ手が微かに震えているのを、至近距離にいるミアだけはしっかりと見逃さなかった。
(お姉様……演技が少し雑になっていますよ。照れているんですね)
ミアの生温かい視線を無視して、エリザベートは踵を返した。
「エリザベート様……! 私は、貴女がいつか分かってくださると信じています……!」
ミアは胸の前で手を組み、涙ぐむ悲劇のヒロインの演技でそれに応えた。
「ふんっ!」 漆黒の法衣を翻して、足早に神殿を去っていくエリザベート。 その後ろ姿を見送りながら、見学席のクリストファー殿下が深く頷くのが見えた。
「……強がりなことだ。本当はミア嬢の光に救われたくせに、自分の弱さを認めたくないのだな。なんて愛おしい反抗なのだろう」
王太子のポンコツな脳内フィルターは、今日も絶好調に彼女の偽装された悪意を、尊い美談へと変換していた。 こうして、誰にも見破られることなく、二人による「運命を騙すための大根芝居(茶番劇)」はスタートを切ったのだった。
感動の「答え合わせ」直後、二人の冷徹な頭脳と適応力が火を噴きます。
周囲の目とシステムの強制力を誤魔化すため、即席で始まった「偽装悪役と悲劇のヒロイン」の大根芝居!
「気安く触らないでちょうだい、平民!」と突き飛ばすエリザベートですが、至近距離にいたミアには照れ隠しだとバレバレです。
そして、その光景を見たクリストファー殿下の「ポンコツ脳内フィルター」は今日も絶好調! 「素直になれないなんて愛おしい反抗だ」と、偽装された悪意は完璧な美談へと変換されていきました。




