表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/95

第70話「アンジャッシュの終焉(答え合わせ)」

【Side: Mia】

 光の結界の中。 そこは、音も風もない、真空のような不思議な空間だった。 私は、苦痛に顔を歪めるエリザベート様を力一杯抱きしめていた。


「ハァ……ハァ……。なぜ……邪魔をするの……」


 エリザベート様が、掠れた声で私を睨みつける。


「邪魔!? 私は貴女を助けようとしているんです! 貴女の体内の『魔王の瘴気』が、クリスタルと拒絶反応を起こして暴走しているんですよ! このままじゃ、貴女の体が……!」


「違うわよ! 私は魔女なの! 私がここで死ななければ、世界が滅ぶのよ!」


 エリザベート様が、私の腕の中で必死にもがく。 その瞳には、狂気ではなく、確固たる「自己犠牲」の意志が宿っていた。


「……は?」


 私は動きを止めた。


「私が死ななければ世界が滅ぶ」? 何を言っているの? 『真実版』の設定では、「エリザベート(人柱)が死ぬと、封印が解けて魔王が復活(世界が滅ぶ)」はずだ。 彼女は、死んだらダメなのだ。生きなきゃいけないのだ。


「エリザベート様……貴女、自分が死んだら魔王が復活するって分かっていないんですか? だから私は貴女を健康にして……」


「はあ!? 何を馬鹿なことを言っているの! 魔王なんて、このゲームに存在しないわよ!」


「「……え?」」


 お互いの声が、綺麗にハモった。 沈黙が落ちる。 光の結界の中で、私たちは抱き合ったまま、ポカンと見つめ合った。


「……ちょっと待って。お姉様、今……『ゲーム』って言いました?」


 私が、信じられないものを見るような目でエリザベート様を見た。


 私のその言葉(メタ的な単語への反応)を聞き、エリザベート様もハッとしたように目を見開いた。彼女の持ち前の鋭い頭脳が、現状のパズルを急速に組み上げていくのが、その表情の変化から分かった。


「……貴女、私がうっかり口走った『ゲーム』という言葉の意味が分かるの? それに、さっきの『魔王が復活する』なんていう、この世界の住人が知るはずのない裏設定のような知識……。もしかして、貴女も転生者なの……?」


 彼女は、同じように信じられないものを見る目で私を見つめ返した。


 私たちは、お互いが「前世の記憶(ゲームの知識)を持っている」という事実を、初めて認識した。


「……信じられない。貴女もプレイヤーだったのね」


「ええ……。でも、おかしいです。魔王が存在しない? エリザベート様は、魔王の人柱じゃないんですか?」


「人柱? そんな設定、どこにもないわよ。私はただの悪役令嬢で、最後に断罪されて死ぬだけの……そうよ、これがこのゲームの絶対のシナリオなのよ! ヒロインの貴女には分からないでしょうけど!」


「……魔王が、いない?」


 私の脳内で、パズルのピースがガチャン! と音を立てて組み上がった。 彼女の言っているゲーム内容。それは私が知っているものとは決定的に違う。 『魔王が存在せず』、『悪役令嬢が断罪されなければ世界が滅んでしまう』という、救いのない初期バージョン。


「……お姉様、もしかして『聖女と薔薇の騎士たち』の続編……ファンディスクの存在を知らないんですか?」


「は? 続編? 何を言っているの。あのゲームはあれ一つだけでしょ。私は全ルートをコンプリートした直後に、徹夜明けで死んだんだから!」


「……」


「な、何よその哀れむような目は」


 私は、頭を抱えた。 そして、これまでの彼女の不可解な行動のすべてが、一本の線で繋がった。


 勉強の邪魔、鉢植えの破壊、水着での露出、恐怖の演説。 あれは「魔女の呪い」でも「精神汚染」でもなかった。 彼女は本気で、「自分が悪役として死ななければ、この世界(無印版)がバッドエンドになる」と信じ込んでいて、「世界を救うために、必死に私に嫌われようとしていた」のだ!


「あああああっ……!!」


 私は天を仰いだ。


「じゃ、じゃあ、お姉様の顔色がいつも悪かったのは!?」


「それは……夜通し嫌がらせの計画を立てて徹夜してたからよ! あとは、胃腸に負担のかかる演出(吐血シロップ)の飲みすぎよ!」


「手、手が震えていたのは!?」


「緊張と罪悪感よ! 嫌がらせなんて、本当はやりたくないんだから!」


「つまり……病気でも呪いでもなく、ただの寝不足とストレス(自業自得)だったってことですか!?」


「な、失礼ね! 世界を救うための尊いストレスよ!」


 崩壊。 私の「医療従事者としての完璧なアセスメント(超解釈)」が、音を立てて崩れ去っていく。 彼女は病気じゃなかった。 最初から最後まで、自分の意志で泥を被り、一人で世界を救おうとしていた、ただの「不器用でお人好しな女の子」だったのだ。


「……それで、貴女の言う『続編』って何よ」


 エリザベート様が、怪訝そうな顔で聞いてくる。


「私がプレイしたファンディスクの『真実版』です……。お姉様が死んだ後に発売された続編で、実はエリザベートは『魔王の瘴気を抑え込む人柱』であり、彼女が死ぬと魔王が復活して世界が滅ぶという設定が追加されたんです……」


「……」


「だから私は、貴女が死なないように、ひたすら健康管理(青汁と介護)を……」


「……」


 お互いの前提知識が、決定的に食い違っていた。 『私が死なないと世界が滅ぶ(無印)』と信じていたエリザベート様と。 『貴女が死ぬと世界が滅ぶ(真実版)』と信じていた私。 互いが互いの世界を救うために、命がけで逆のベクトルに爆走していたのだ。


 これが、彼女が命がけで演じていた『悪役』としての嫌がらせを、私が『病気の症状』だと勘違いして過剰な健康管理で相殺し続けていたという、あまりにも滑稽で、そして悲しいすれ違いの全貌だった。


「……馬鹿みたい」


 エリザベート様が、乾いた笑いを漏らした。


「私、ずっと一人で空回りしてたのね。……でも、だとしたらなおさら、私がここで死んでおくのが最も合理的よ」


「どうしてですか! お姉様が死んだら魔王が復活するって言ったじゃないですか!」


「ええ。でも、もし私が生き残って『無印版』のバッドエンドを引いた場合、私は世界中を瘴気で汚染し尽くして誰も止められなくなる。でも、私が死んで『魔王』という物理的な敵が復活するなら……聖女である貴女や、騎士たちがそれを討伐できる可能性(希望)が残るわ。私という不確定な爆弾を抱え続けるより、そっちの方が世界にとってのリスクは低いはずよ」


 それは、彼女の持ち前の鋭い頭脳が弾き出した、どこまでも冷徹で、そして哀しいほど自己犠牲的な論理だった。


 彼女は再び、クリスタルの光に身を委ねようとした。


 パンッ!


 私は、思い切り彼女の頬を張った。


「……え?」


「ふざけないでください!!」


 私は涙を流しながら、彼女の胸ぐらを掴んだ。


「バージョンなんて関係ありません! 目の前で人が死のうとしているのを、見過ごすのが私の前世(看護師)の一番のトラウマなんです! 貴女が世界のために死ぬと言うなら、私は世界を敵に回してでも貴女を生かします!」


 私は彼女を、力一杯抱きしめた。


「無印でも真実版でもない、私たちが誰も死なない、新しいバージョン(トゥルーエンド)を作るんです! 私と一緒に生きてください、エリザベート様!」


 その気迫に、エリザベート様は目を見開いた。 そして、かすかに震える唇から、自らを納得させるような理屈を紡ぎ出した。


「……貴女は、本当に狂っているわね。私が死んだら世界を敵に回すだなんて、聖女のセリフじゃないわ」


「本気です」


「……ええ、知っているわ。だから困るのよ。……いいわ、妥協してあげる。本来の私の断罪の舞台である『卒業パーティー』まで、まだ数ヶ月の猶予があるわ」


 彼女は小さく息を吐き、私を真っ直ぐに見据えた。


「その日までに、誰も死なない『新しいバージョン』とやらを見つけ出しなさい。もし解決策が見つからなければ……その時は予定通り、私が死んで世界を救う。それでいいわね?」


「はい……! 絶対に見つけ出してみせます!」


 私が涙声で力強く頷き、さらに強く彼女を抱きしめると、エリザベート様の体がビクンと震えた。


 それは、彼女が生きるために最後にしがみついた、いかにも彼女らしい「理屈っぽい条件付きの譲歩(言い訳)」だった。 ずっと孤独に震えながら悪役を演じ続けてきた彼女の魂は、「世界を敵に回してでも貴女を生かす」と断言する私の、その絶対的な肯定と温もりに、もう抗うことなどできなかったのだ。


 ゆっくりと。 彼女の細い手が、私の背中に回り、私を強く抱きしめ返した。


「……頼んだわよ、ミアさん」


 彼女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。 それは、死ぬことへの恐怖ではなく、生きることを許された安堵の涙だった。


 光の結界が、弾けるように消滅する。 周囲の生徒たちが目にしたのは、光に焼かれる魔女ではなく、聖女としっかりと抱き合い、共に光に包まれて輝く、二人の少女の姿だった。


 すれ違いの喜劇は終わりを告げた。 ここからは、二人で運命シナリオに反逆する、熱い共闘の始まりだ。


【アンジャッシュ(すれ違い)状態──完全解除】


ついに、長きにわたるすれ違い(アンジャッシュ)が完全解除されました!

「私が死なないと世界が滅ぶ(無印版)」VS「お姉様が死ぬと世界が滅ぶ(真実版ファンディスク)」。

互いに相手の世界を救うために、真逆のベクトルで命がけの爆走をしていた二人。魔女の呪いも精神汚染もなく、原因はただの「徹夜の寝不足と青汁の飲みすぎ」だったという衝撃の事実(笑)。

そして、理屈っぽい条件付きの譲歩という名の「生きたい」という本音をこぼすエリザベートと、それを力いっぱい抱きしめるミア。

すれ違いの喜劇はここまで! ここからは、誰も死なないトゥルーエンドを目指す二人の熱い「共闘」の始まりです!


※第1部(すれ違い編)完結、そして第2部(共闘編)開幕です!「最高だった!」「二人の共闘が楽しみ!」と思っていただけましたら、ぜひブックマークや下部の評価(☆☆☆)で応援をよろしくお願いいたします! 毎日の更新の最大のモチベーションになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ