第63話「お見舞い(という名の解釈の暴力)」
【Side: Elizabeth】
私の「悪役ストライキ(ただのワガママ女になる計画)」は、開始から数日が経過しても、一向に目覚ましい成果を上げていなかった。
「エリザベート様。本日は冷え込みますので、ルームシューズはこちらのモコモコのものになさってください」
「……ええ」
自室のソファでふんぞり返っている私に、ミアが甲斐甲斐しく世話を焼く。 私は彼女を小間使いのようにこき使って「もうこんな我儘な女にはついていけません!」と愛想を尽かされるのを待っているのだが、彼女はなぜか「退行期(?)の患者のケア」という謎の使命感に燃え、嬉々として私の世話を焼いている。 専属メイドのアンナに至っては、「ミア様が私の仕事を奪ってくださるおかげで、胃薬の消費量が少し減りました(無表情)」と、完全に職務を放棄して部屋の隅でサボっている始末だ。
「これではダメだわ。ミアさんが鈍感すぎるのよ。もっと第三者……例えばクリストファー殿下のような『常識的な評価者』の前で、私の醜悪なワガママぶりを見せつけなければ」
私がそう呟いた矢先だった。 コンコン、と控えめなノックの音が響き、アンナがドアを開けた。
「お嬢様。クリストファー殿下とアレクサンダー様が、お見舞い(?)にお越しです」
「なっ……! ちょうどいいわ、通しなさい!」
私は急いで最も傲慢に見える姿勢(足を組み、顎を上げる)を作り、扇子を手に取った。 入室してきた殿下たちは、ベッドやソファに散乱するクッションや、私に靴を履かせているミアの姿を見て、少し驚いたように目を丸くした。
「やあ、エリザベート。学園祭以降、少し元気が無いと聞いてね。様子を見に来たよ」
「ごきげんよう、殿下。お見舞いなど不要ですわ。私はただ、平民を顎で使って優雅な休息を楽しんでいるだけですから」
私は鼻で笑い、ミアを一瞥した。
「見ての通り、この女は私の靴を履かせるためだけに存在しているようなものですの。私のような高貴な者の世話ができるのだから、平民にとっては身に余る光栄でしょう?」
さあ、どうだ! この身分差別丸出しの最低な発言! 殿下、眉をひそめなさい。「君はそんなに驕り高ぶった女だったのか」と失望しなさい!
しかし、殿下が口を開くより先に、私の足元にいたミアがガバッと立ち上がった。
「殿下! 申し訳ありませんが、今のエリザベート様を刺激しないでください!」
「なっ、ミアさん!? 何を……!」
「エリザベート様は今、学園祭での極度の精神的負荷により、一時的な退行状態に陥っていらっしゃるのです! 攻撃的な言葉は、自分を守るための防衛機制です!」
ミアが両手を広げ、私を庇うように殿下たちの前に立ち塞がった。
「は?」と私がポカンとしている間に、ミアの医学的(?)な熱弁は続く。
「彼女は一人で重すぎるものを背負いすぎました。だから今は、こうして誰かに寄りかかり、ワガママを言うことで心のバランスを保とうとしているのです! これを無理に否定すれば、彼女の心は完全に壊れてしまいます!」
「ち、違うわよ! 私は本気で性格が悪いだけで……!」
「……なるほど」
クリストファー殿下が、深く、それはもう深く、納得したように頷いた。
「アレクサンダー。君の推論通りだったな」
「はい、殿下。エリザベート様は学園祭で、自らを絶対悪に貶めるという凄絶な自己犠牲を演じきりました。その反動で、心に深い傷を負ってしまわれたのでしょう」
「傷ついた獣が、癒やしを求めて牙を剥くように……か。なんて痛ましく、そして愛おしい姿だ」
殿下の瞳が、慈愛と涙で潤んでいる。
「待って。お願いだから待って。話を聞いて」
私は扇子を震わせながら抗議したが、もはや誰の耳にも届かない。
「ミア嬢。君のその献身的な介護には頭が下がる。どうか、彼女の心が癒えるまで、そのワガママに付き合ってやってくれ。必要な物資があれば王家から手配しよう」
「はい! お任せください! 彼女の心のトリアージは、私が責任を持って行います!」
王太子とヒロインの間で、私を「かわいそうな心の病の患者」として扱うという、強固な合意が形成されてしまった。
「それじゃあ、ゆっくり休んでくれ、エリザベート。君のその不器用な牙も、私には愛おしいよ」
殿下たちは満足げに微笑み、爽やかな風と共に去っていった。 後に残されたのは、完璧な敗北感に打ちひしがれる私と、「さあ、おやつの時間ですよ!」とニコニコしているミア。 そして、部屋の隅で「……やはり、お嬢様の奇行を常識で測ろうとするのが間違いなのです」と呟きながら、また胃薬を飲み始めているアンナだけだった。
クリストファー殿下たちがお見舞いにやってきた!
これ幸いと「平民を顎で使って優雅に休んでいるだけよ」と最低な差別発言を繰り出すエリザベートですが、ここでもミアの「医学的(?)な熱弁」が火を噴きます。
「攻撃的な言葉は、自分を守るための防衛機制です!」
そして、それを聞いた殿下たちの反応は……「傷ついた獣が癒やしを求めて牙を剥くように……なんて痛ましく愛おしい姿だ(号泣)」。
王子とヒロインの強固なコンセンサスにより、エリザベートの悪役としての尊厳は完全に息の根を止められました。




