第59話「メイドの胃痛は終わらない」
【Side: Anna】
私の名前はアンナ。 由緒正しきローゼン公爵家に代々仕える家系に生まれ、現在は次期当主であるエリザベートお嬢様の専属メイドを務めている。 メイドの鉄則は「沈黙と無表情」。 主人の行動にいかなる疑問を抱こうとも、顔に出してはならない。それがプロフェッショナルというものだ。
しかし。最近の私は、常備薬である胃薬(特濃)を手放せない日々を送っている。
「……はぁ。また増えたわね」
私は学園の女子寮、お嬢様の私室で、洗濯カゴに放り込まれた衣装を見下ろして静かにため息をついた。 そこには、先日の学園祭で使われた「漆黒の魔女ドレス」が、シワくちゃになって(そして少し涙で濡れて)丸まっていた。
ここ数ヶ月、私の中で一つの疑念が確信へと変わりつつある。 それは、私が絶対の忠誠を誓う美しく聡明なエリザベートお嬢様が、「もしかして、ただのポンコツなのではないか?」という、不敬極まりない事実である。
お嬢様は口を開けば「私は悪役よ」「世界を恐怖に陥れるの」と仰る。 しかし、その実態はどうだ。
思い返せば、夏休みの別荘。 『ふしだらな水着で私の悪名を轟かせてやるわ!』と意気揚々とビーチへ飛び出していった数分後、彼女はあの平民の娘(ミア様)によって、巨大なバスタオルで簀巻きにされた状態(芋虫スタイル)で強制送還されてきた。 その夜、『今度こそ恐怖を植え付ける!』とシーツを被って森へ肝試しに出かけた時もそうだ。 数十分後、なぜかミア様にお姫様抱っこされ、「放しなさいよぉぉ!」と情けない声でジタバタ暴れながら回収されてきたのだ。
(お嬢様。それは悪役の行動ではなく、ただの奇人の奇行です)
私は無表情のまま、心の中で王都の毒舌な演劇評論家も顔負けの鋭いツッコミを入れ続けていた。
そして極めつけは、先日の学園祭の演劇だ。 舞台袖から見守っていた私は、お嬢様が本気の闇魔法(幻影)を展開した時、「あ、これガチで怒られるやつだ」と胃を押さえた。 だが、結果はどうだ。 またしてもミア様に真正面から抱きしめられ、光の魔法で包み込まれ、講堂は感動のスタンディングオベーション。 楽屋に戻ってきたお嬢様は、「もう嫌だ……なんでみんな私を褒めるのよぉ……」と、机に突っ伏して本気で泣いていた。
(だから心の中で何度も申し上げたじゃないですか。お嬢様は悪役に向いていないと)
そして、私の胃痛の種はもう一つある。 この異常な事態の中心に常にいる少女、ミア・ゼン・シャーカンだ。
彼女の行動は、お嬢様に対する不敬罪のオンパレードである。公爵令嬢を簀巻きにし、お姫様抱っこし、演劇中にタックルをかます。本来なら即刻切り捨てるべき無礼者だ。
だが……メイドとして、私は彼女を完全に排除できない致命的な理由を抱えていた。
「アンナさん。今日の分の『特製青汁』です。お嬢様が逃げないように、しっかり見張っていてくださいね」
「……承知いたしました、ミア様」
私は、ニコニコと笑いながら恐ろしい緑色の液体を差し出してくるミア様から、無表情で小瓶を受け取った。
そう。この平民の娘の過剰なまでの「健康管理(という名の物理的介護)」のおかげで、長年私を悩ませていた「お嬢様の不眠症と肌荒れ」が、完治してしまったのだ! お嬢様の肌は今やゆで卵のようにツヤツヤで、三食しっかり食べ、夜も(青汁の恐怖で気絶するように)ぐっすりと眠られている。
メイドとして、主人の健康状態が最高潮にあることは喜ばしい。喜ばしいのだが……!
(なぜ、私がどれだけ手を尽くしても治せなかったお嬢様の生活習慣を、この平民の謎ドリンクとプロレス技みたいなマッサージが解決してしまうのですか……っ!)
メイドとしてのプライドがズタズタである。 私は胃薬を水で流し込みながら、今日もお嬢様が「嫌ぁぁ! その緑の液体を近づけないでぇぇ!」と叫びながらミア様に追い回されるのを、無表情(内心はツッコミの嵐)で見守るのだった。
ここでついに、側近の専属メイド・アンナさんの内情が明かされます。
日々の奇行(水着で簀巻き、お化けで徘徊保護)を冷静に分析した結果、行き着いた答えは「お嬢様=ただのポンコツ」。
さらには、自分が治せなかったお嬢様の不健康を「謎の青汁とプロレス技」で治してしまった平民の娘に対する、メイドとしての敗北感!
ズタズタのプライドと引き換えに、お嬢様の健康のために胃薬をフリスクのように噛み砕くアンナさん。本当にお疲れ様です……!
※「アンナさん不憫可愛い(笑)」「胃薬フリスクは草」と楽しんでいただけましたら、ぜひ下部の星(☆☆☆)から評価をお願いいたします!




