第58話「台本なき救済」
【Side: Mia】
第1幕、第2幕と、劇は順調に進んでいた。 そして第3幕。エリザベート様が舞台に現れた瞬間、講堂の空気が一変した。 彼女の放つ威圧感、そして通る声。練習の時よりも遥かに洗練された、魂を震わせるような素晴らしい演技だった。
(すごい……! エリザベート様、この日のためにあんなに練習を……!)
客席からも、彼女の芸術的な才能を称賛する感嘆の声が漏れ聞こえてくる。 私は舞台の上で、彼女の美しい悪役ぶりに見惚れていた。
──しかし、次の瞬間だった。
エリザベート様の表情が、スッと抜け落ちた。 余裕のあった所作が止まり、その赤い瞳が激しく揺れ動く。 そして、彼女の口から飛び出したのは、台本とは全く違う、自分自身を絶対悪に貶めるための、身を切り裂くような暴言だった。
『弱者が泣き叫ぶ声こそ、極上の音楽だわ!』
さらに、舞台を囲むように燃え上がった本物の闇魔法。 客席から悲鳴が上がり、私は冷や汗を流して立ち尽くした。
私の脳内で、最悪の仮説が組み上がっていく。
(まさか……大観衆の称賛と熱気という極度のストレスが引き金になって、彼女の中の『魔女のシステム』が完全に覚醒してしまったの!?)
『真実版』の設定だ。魔女は世界を憎み、すべてを破壊しようとする。 今の彼女の台詞は、演技ではない。魔女の呪いが彼女の口を借りて、無理やり彼女を「絶対悪」に仕立て上げようとしているのだ。 あんなに領民を大切にし、花を愛する彼女が、「這いつくばるのを見るのが楽しい」なんて、本心で言えるはずがない。彼女自身が必死に抵抗しているのに、呪いが彼女を乗っ取ろうとしている!
このままでは、彼女の精神は完全に魔女に支配され、ゲームのバッドエンド(大虐殺)がこの講堂で現実になってしまう。
(止めなきゃ。今すぐ、彼女の暴走を抑え込まないと!)
私は手の中の台本(という名の予定調和)を、完全に頭から消し去った。 演劇の成功などどうでもいい。 これは、エリザベート様を救うための「実戦」だ。
「……いいえ、私は止まりません!」
私はエリザベート様に向かって、真っ直ぐに一歩を踏み出した。
「なっ……!?」
彼女が驚いたように目を見開く。
「貴女がわざと怪物のように振る舞わされていることは分かっています! 誰も貴女を理解してくれなかったから、一人で泥を被って、すべての憎悪を背負おうとしている。……でも、そんな自己犠牲は間違っています!」
私はアドリブで、しかし私の心からの「本音」を叫んだ。
「私がいます! 貴女がどれだけ自分を傷つけて世界を壊そうとしても、私がその手を取って、何度でもやり直します! 貴女を絶対に一人にはしない!」
私は持っていた杖を放り捨て、燃え盛る闇炎(幻影)を恐れることなく突き抜け、エリザベート様に向かって駆け出した。
「ちょ、ちょっと! 何やってるの!? 魔法が……!」
「私を信じて!!」
私はエリザベート様の体に飛び込み、その細い体を力一杯抱きしめた。 同時に、私の体から最大限の『浄化の光』を放出する。 舞台上が、黒い炎と白い光の激しい衝突によって、目も眩むようなコントラストに包まれた。
「離しなさい! 私は悪役なのよ!?」
「いいえ! 貴女は不器用で、誰よりも優しい、私の大切なお姉様です!」
私はマイク(拡声魔法)がオンになっていることも忘れ、彼女の耳元で叫んだ。 彼女の体から、魔女の瘴気が抜けていくのを感じる。 エリザベート様は私の腕の中でもがき、「なんで……なんでこうなるのよぉ……」と涙声で呟いていた。
(よかった……。魔女の人格を、封じ込めることができたわ……)
私は安堵の息を吐き、彼女の背中を優しく撫でた。
その時だった。
ワアアアアアアアアッ!!
講堂を揺るがすような、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。 ハッとして客席を見ると、全校生徒、そして貴族や王族までもが、総立ちになって拍手を送っていた。 スタンディングオベーションだ。
「素晴らしい! 斬新な解釈だ!」
「自らを絶対悪に貶めることでしか救いを見出せない魔女の悲哀と、その嘘を愛で包み込む聖女の対比……!」
「なんて魂の籠もった演技なんだ! 涙が止まらん!」
最前列では、クリストファー殿下がハンカチで目頭を押さえながら、全力で拍手をしている。
「……え?」
「……嘘でしょ」
私に抱きしめられたまま、エリザベート様が絶望的な声を漏らした。
彼女の破滅への衝動と、私の決死の救済による命懸けの攻防は、観客の目には「歴史に残る前衛的で感動的な舞台芸術」として映ってしまったらしい。 こうして、彼女が自らを絶対悪に貶めようとした悲壮な自己犠牲は、私の必死の治療によって、誰もが彼女を称賛する学園祭の大成功という奇跡へと変わったのだった。
【確定診断イベント「聖女選定の儀」まで──残り、30日】
……しかし、標的であるヒロインの「医療者(真実版)フィルター」は、今日もエリザベートの斜め上を爆走していました。
アドリブの暴言と闇魔法を「大観衆のストレスで魔女のシステムに完全に乗っ取られかけている!」と致命的な誤診を下したミア。
演劇の成功など知ったことかと言わんばかりに、燃え盛る闇炎に突撃し、渾身の浄化ハグ(物理タックル)をお見舞いします!
結果、悲壮な自己犠牲の舞台は「光と闇の対比を描く感動の前衛芸術」としてスタンディングオベーションの大成功。エリザベートの悪役計画、またしても完全敗北です!
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