第57話「開幕、破滅の舞台(ステージ)」
【Side: Elizabeth】
10月、王立学園最大のイベント『創星祭』当日。 大講堂は、生徒たちだけでなく、王都から招待された貴族や王族たちで埋め尽くされていた。 私は舞台袖の暗がりで、自分の出番を待ちながらステージを見つめていた。
第1幕と第2幕は、完璧だった。 主役であるミア(初代聖女)が、苦しむ民を癒し、希望を説く。彼女の持ち前の光属性のオーラと、少し不器用だが一生懸命な演技は、観客の心をすっかり掴んでいた。 時折、最前列のクリストファー殿下が大きく頷きながら拍手を送っているのが見える。
(ふふっ、いいわよ。聖女が輝けば輝くほど、悪役の闇は深く沈むのだから)
いよいよ第3幕。世界を滅ぼそうとする魔女の登場シーンだ。 私は深く息を吸い込み、舞台へと足を踏み入れた。 照明が私を照らし出し、講堂が水を打ったように静まり返る。
「……偽りの光にすがる愚か者ども。貴様らの希望など、私が泥に沈めてやろう」
私は前世の検察官としてのスキル──法廷の空気を完全に支配する威圧的な声と、冷徹な視線をフル動員して、台本通りの台詞を放った。 空気がピリッと張り詰める。 完璧だ。これぞ魔女。観客たちは私の恐ろしさに震え上がっているに違いない。 私は内心でガッツポーズをしながら、ミアの反応を待った。
しかし。 静まり返った客席から、ひそひそと囁き声が聞こえ始めたのだ。
「おお……なんと凛としたお声だ」
「悪役でありながら、あの気高さ。公爵令嬢の圧倒的なオーラだ」
「なんて素晴らしい演技力なの。彼女には稀代の芸術的才能があるわ!」
(…………は?)
私は扇子を持つ手をピタッと止めた。 凛とした声? 芸術的才能? 違う、違う違う違う! 私は貴方たちに「なんて恐ろしい悪女だ、エリザベートは最低だ!」とドン引きしてほしいのよ! なんで名女優みたいに絶賛されているの!?
思い返せば、これまでの私の行動はすべて裏目に出ている。 この学園祭は、これまでの「ツンデレ」だの「英雄」だのというプラス評価を全てマイナスにひっくり返し、本来の破滅シナリオに軌道修正する絶好のチャンスだったはずだ。 それなのに、このまま私が「完璧な演技」を続けてしまえば、私はただの『学園祭のMVP(超人気者)』になってしまう!
(そんなの、絶対にダメよ!)
焦りが私の背中を駆け上がる。 ただのお芝居ではダメだ。私が本物の、度し難い「悪」であることを証明しなければならない。 私は手の中の台本の内容を完全に頭から消し去り、扇子をバサリと開いた。
「──破壊? 違うわね。これは『遊戯』よ」
私は台本にない台詞を、腹の底から響く重低音で放ち、ミアへと歩み寄った。
「貴女たち聖女が守ろうとしているこの世界は、私にとってはただの『玩具箱』に過ぎないのよ。壊して、燃やして、這いつくばる貴女たちが絶望に顔を歪めるのを見るのが、たまらなく楽しいの! 弱者が泣き叫ぶ声こそ、私にとって極上の音楽だわ!」
私は杖を振り上げ、無詠唱で『幻影の闇炎』を展開した。 舞台の周囲に、熱を持たない黒い炎がドワッと燃え上がる。 視覚的なインパクトは絶大だ。ついに客席から「ひっ」と本物の悲鳴が上がった。
完璧だ。 これぞ、他者を見下し、破壊を快楽とする身勝手なサイコパス。 さあ、ミア。怯えなさい。泣きそうな顔で後ずさり、王子の助けを待つ哀れなヒロインを演じるのよ!
私は狂気的な笑みを浮かべ、闇炎の向こう側で立ち尽くすミアを睨み下ろした。
いよいよ学園祭の演劇本番! 魔女役として完璧な悪のオーラを放つエリザベートですが……観客の反応は「素晴らしい演技力!」「稀代の芸術的才能!」とまさかの大絶賛。
「違う! ドン引きしてよ!」と焦った元・検察官は、台本を投げ捨てて「絶対悪のサイコパス」へとアドリブでキャラ変! さらには本物の闇魔法(幻影)までぶっ放すという暴挙に出ます。
さあ、ヒロインよ怯えなさい! 完璧な破滅の舞台の幕開けです!




