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第56話「境界線の消失(過剰介護)」

【Side: Mia】

『──私がやりましょう』


 エリザベート様が「魔女」役に立候補した瞬間、私は背筋に冷たい氷柱を差し込まれたような悪寒を覚えた。 クラスメイトたちは「エリザベート様なら迫力ある悪役が演じられる」「適役だ」と安堵していたが、私は違う。


『真実版』の公式設定において、エリザベート様が体内に封じ込めているのは、他ならぬ「魔王の瘴気」だ。 つまり、彼女が「魔女」を演じ、その負の感情にシンクロするということは、単なるお芝居ではない。 自らの中にある呪いのシステムを刺激し、精神汚染を急速に進行させる、極めて危険なフラグ行為なのだ。


(なんてこと……! きっと彼女は、学園祭という大舞台で完全に悪役(魔女)としてヘイトを集め、私や王子殿下から決定的に憎まれるために、この役を引き受けたんだわ……!)


 自分が断罪され、誰にも惜しまれずに死んでいくための完璧な布石。 その悲壮な自己犠牲の覚悟に、私は胸を締め付けられた。 絶対にさせない。彼女がどれだけ魔女の呪いに呑まれようと、私が物理と医療の力で現世に引き戻してみせる!


 放課後の立ち稽古。 エリザベート様は、恐ろしいほどの迫力で魔女の台詞を放った。


『ふふふ……愚かな聖女よ。貴様のその薄っぺらい希望ごと、この世界を絶望の闇に沈めてやろう!』


(あああっ! ダメだわ! 完全に魔女の瘴気システムに引っ張られている!)


 私には、彼女の背後に恐ろしい魔女の幻影が見えるような気がした(※ただの迫真の演技です)。 それに、あの発声! 腹の底から響くような威圧的な声は、喉の粘膜に多大な負担をかける。 さらに、悪意を表現するために極度に表情筋を緊張させ、肩を怒らせている。 あれでは交感神経が過剰に優位になり、全身の血流が悪化して、頭痛や肩こり、ひいては魔力暴走の引き金になりかねない。


 これ以上、魔女に彼女の精神(と肉体)を削らせるわけにはいかない!


「エリザベート様! ダメです!!」


 私は台本を放り捨て、猛ダッシュで彼女に駆け寄った。 まずは物理的なケアで、魔女のシステムから意識を引き剥がす。


「こんなに声を張り上げては、喉の粘膜が乾燥してしまいます! さあ、これを! 私特製の『蜂蜜大根エキスのど飴(魔力コーティング済)』です!」


「んぐっ!? ちょ、苦っ、甘っ……!?」


 強引にのど飴を処方する。 大根の消炎作用と蜂蜜の保湿成分が、酷使された声帯を優しくコーティングするはずだ。 さらに、硬直した筋肉をほぐし、血流を改善して副交感神経を優位にさせるための緊急マッサージ(オペ)に移行する。


「それに、発声の時の首から肩にかけての筋肉の緊張状態が最悪です! 悪ぶる演技で極度の精神的ストレスがかかっている証拠です。このままでは僧帽筋が悲鳴を上げます! 深呼吸して! スーッ、ハァーッ!」


「痛い痛い痛い! 揉む力が強いわよ! 何をするの!」


「我慢してください! 魔女役には腹式呼吸が必須です! 気道を開くために、まずは肩甲骨周りの癒着を剥がします!」


 彼女は「演技だ」「離せ」と主張して抵抗するが、それは魔女の呪いが言わせているだけだ。 本心では、こんなに苦しんでいるのに。


「無理しないでください! 貴女の苦しみは、私が一番分かっていますから!」


 私は涙ぐみながら、彼女の肩をさらに念入りに揉みほぐした。 私の指先から流し込む微量の回復魔法が、彼女の凝り固まった筋肉と、凍てついた心を少しずつ溶かしていくのを感じる。


 それからの稽古は、まさに私と魔女の呪いとの戦いだった。 エリザベート様が「この毒林檎を喰らうがいい!」と迫真の演技で林檎(小道具)を突きつけてくれば、私は「ビタミン不足ですか!? ならばこれを!」と特製野菜スムージーをすかさず差し出した。 彼女が「闇の業火に焼かれよ!」と叫べば、「体温調節機能がバグっています! 冷えピタを貼りますね!」と額に冷却シート(魔力製)を貼り付けた。


「やめなさい! 劇の練習にならないでしょうが!」


「命の方が大事です!!」


 私は彼女から一歩も離れなかった。 クラスメイトたちは「聖女と魔女の激しい攻防(物理)……新しい解釈の演劇だね……」「さすが特待生、公爵令嬢に物怖じしない」と遠巻きに見守っていたが、そんなことはどうでもいい。 これはお芝居ではない。命懸けのトリアージなのだ。


 彼女が自分を犠牲にしてまで演じようとする「悪役」の境界線を、私が全て踏み越えて、曖昧にしてやる。 誰も彼女を憎めないように。 彼女自身が、自分が愛されている存在だと嫌でも自覚するように。


(秋の『聖女選定の儀』まで、あと少し。そこで絶対に、貴女の呪いの正体を白日の下に晒してみせる……!)


 私は冷却シートをおでこに貼られ、野菜スムージーを持たされて「もう帰りたい……」と涙目になっている魔女(エリザベート様)の背中を、優しく、しかし絶対に逃がさない力強さでさすり続けた。


【確定診断イベント「聖女選定の儀」まで──残り、60日】


迫真の魔女の演技を見たミアの「医療者フィルター」は今日も絶好調!

「悪の感情にシンクロして、魔女の瘴気システムが進行しているんだわ! 喉の粘膜も乾燥してる!」

劇の練習を完全に無視し、蜂蜜大根エキスのど飴、特製野菜スムージー、そして額に冷却シート(冷えピタ)という怒涛の過剰介護コンボが炸裂します。

冷却シートを貼られた魔女と、それをさする聖女。クラスメイトも納得の(?)前衛的な演劇がここに爆誕しました。


※「冷えピタ魔女(笑)」「アンナさん諦めないで!」と爆笑した方は、ぜひブックマークや下部の評価(☆☆☆)で応援をよろしくお願いいたします! 毎日の更新の大きな励みになります!

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