第55話「因縁の配役(魔女役)」
【Side: Elizabeth】
秋の足音が近づく9月下旬。 王立学園は、目前に迫った「秋の学園祭」の準備で活気に満ちていた。 私たちのクラスの出し物は、伝統的な演劇『光の乙女と闇の化身』。 そして、その配役は、まるで神の悪意を具現化したかのような、見事な皮肉だった。
「主役の『光の乙女』役は、ミア・ゼン・シャーカン。そして、敵対する『闇の化身(魔女)』役は、エリザベート・フォン・ローゼン公爵令嬢に決定しました」
クラス委員長の発表に、私は内心でガッツポーズをした。 (素晴らしいわ! これぞ悪役令嬢の面目躍如!)
舞台の上で堂々とヒロインを虐め、観客(生徒たち)に「なんて恐ろしい魔女だ!」と認識させる絶好のチャンスだ。 夏のバカンスでの健康ブートキャンプのせいで薄れかけていた「悪役としての威厳」を、この舞台で一気に取り戻してみせる。
放課後。講堂での立ち稽古が始まった。 私は台本を片手に、最も憎々しい表情を作り、ミアを睨みつけた。
「……『愚かな乙女よ。その薄汚い光ごと、闇に呑まれて消え去るがいい。私が貴女を殺してあげるわ!』」
腹の底から声を張り上げ、扇子をバサァッと開く。 完璧だ。冷酷な魔女の凄みが、講堂の空気をビリビリと震わせている。 さあ、ミア。恐怖に震えながら、悲劇のヒロインらしく泣き崩れるがいい!
「お姉様! ダメです!」
ミアが台本を放り投げ、猛然と私に詰め寄ってきた。
「な、何よ。セリフを間違えたかしら?」
「違います! 発声の時の、首から肩にかけての筋肉の緊張状態が最悪です! 肩に力が入りすぎて、僧帽筋が悲鳴を上げています!」
「は……?」
ミアは私の背後に回り込むと、遠慮なしに私の両肩をガシッと掴んだ。
「このままでは頭痛と肩こりが悪化します! もっと脱力して! はい、息を吸ってー、吐いてー!」
ぐっ、ぐりぐりぐりっ! 彼女の親指が、私の凝り固まった肩のツボに情け容赦なく食い込む。
「あァァッ!? 痛い! 痛いわよ! 何をするの!」
「我慢してください! 魔女役には腹式呼吸が必須です! 気道を開くために、まずは肩甲骨周りの癒着を剥がします!」
「ぎゃあああああ!」
私の魔女としての威厳のある声は、ただの情けない悲鳴へと変わった。 恐るべき指圧のテクニック。彼女の指先からは微量の回復魔法が流し込まれており、痛みの後にやってくる強烈な「ほぐれ感(快感)」が、私の抵抗する気力を奪っていく。
講堂の隅で、「お嬢様の肩をお揉みするのは私の役目なのに……でも、あの的確な指圧には勝てない……」と、アンナがハンカチを噛んで悔しがりつつも手出しを諦めているのが見えた。 アンナ、貴女も私を見捨てるのね……。
「ほら、お姉様。もう一度セリフを言ってみてください。今度はリラックスして」
「ふぇっ? あ、ああ……『愚かな乙女よ……』」
「違います! もっと喉を開いて! はい、プロポリス配合の特製のど飴です。舐めながらやってみましょう!」
「もがっ!?」
無理やり口にのど飴を突っ込まれ、肩を揉まれながら悪役のセリフを読まされる。 これのどこが「恐怖の魔女」だというのか。 ただの「発声練習を強制される哀れなポンコツ」ではないか!
(違うのよ! 私はこんな健康的な演劇指導を求めているんじゃないのよ!)
私の絶叫は、ミアの「はい、そこ! もっと丹田に力を入れて!」という熱血指導の声にかき消されていった。
いよいよ秋の学園祭シーズン! 演劇『光の乙女と闇の化身』で、見事に魔女役をゲットしたエリザベート。
「今度こそヒロインを虐めて悪役としての威厳を取り戻す!」と迫真の演技でミアに迫りますが……。
待っていたのは悲鳴ではなく、僧帽筋への強烈な指圧マッサージとのど飴の強制投与でした!
悪の台詞を吐きながら肩甲骨の癒着を剥がされる魔女。悪役の威厳は、またしても物理的な健康管理の前に粉砕されます。




