幕間5「王都に轟くツンデレ伝説」
【Side: Christopher】
9月。長かった夏季休暇が明け、王立学園に再び生徒たちの活気が戻ってきた。 私は生徒会室の執務机で、秋の行事予定表に目を通しながら、ふと一つの報告書を手に取った。
「……アレクサンダー。このローゼン公爵領からの視察報告書だが」
「はい、殿下。何か不備がございましたか?」
傍らに控える側近のアレクサンダーが、首を傾げる。 私は、報告書に書かれた信じがたい内容を指差した。
「『税率八割という苛烈な政策により、市場の価格統制に成功。さらに加工貿易による雇用を創出し、領地は空前の好景気』……とある。エリザベートが、自ら領民の前で『パンがなければお菓子を食べろ』と言い放ったとも」
「はい。その通りです」
「いくらなんでも、やりすぎではないか? 民の反発を招く暴言だぞ」
婚約者として、彼女の悪評が立つのは放置できない。 しかし、アレクサンダーはどこか誇らしげな笑顔を浮かべた。
「それが、まったく逆なのです。領民たちは、エリザベート様が自分たちを王都の悪徳商人から守るために『あえて』暴君を演じてくださったのだと解釈しております。現在、ローゼン領では彼女を称える『ツンデレ領主様万歳』という祭りが企画されているとか」
「ツンデレ……? なんだその新しい単語は」
「『普段はツンツンと冷たいが、行動でデレ(深い慈愛)を示す』という、ローゼン領発祥の新しい概念だそうです。素晴らしいですね!」
私は頭を抱えた。 私の婚約者は、一体夏休みの間に領地で何をしたというのだ。 孤独に引き籠って思い詰めるのではないかと心配し、ミア嬢を『専属医』のような名目で護衛につけたというのに。
「……まあ、結果として領地が潤い、民に愛されているのなら良いが。彼女自身の体調はどうなのだ?」 「それでしたら、殿下のその目で直接ご確認いただくのがよろしいかと。ちょうど今、中庭を歩いておられます」
アレクサンダーに促され、私は窓辺へと歩み寄った。 眼下の中庭には、新学期を迎えた生徒たちの輪の中心に、見慣れた真紅の髪があった。
「……エリザベート?」
私は我が目を疑った。 1学期の終わり頃、彼女の肌は蝋のように青白く、常に倒れる寸前のような危うさを抱えていた。 しかし今の彼女は違う。 肌は内側から発光するようにツヤツヤと輝き、頬には健康的な血色が差し、歩く姿勢には一本の芯が通ったような力強さがある。 徹夜続きの青白い顔はどこへやら、圧倒的な「健康美」を放っているのだ。
「まるで生まれ変わったようだな……」
「はい。そして、その後ろをご覧に」
エリザベートの斜め後ろ半歩。 そこには、まるで彼女の影のようにピタリと張り付く、ミア・ゼン・シャーカンの姿があった。 ミア嬢は、手になぜか水筒(おそらく栄養価の高い謎の飲料が入っている)を持ち、エリザベートの歩幅に合わせて完璧なフォーメーションを維持している。 時折、エリザベートが「近すぎるわよ!」と抗議するように振り返るが、ミア嬢は慈母のような笑顔でそれを躱し、何事かを囁いてエリザベートを黙らせていた。
「……なんだか、エリザベートがミア嬢に完全に手綱を握られているように見えるのは、気のせいか?」 「『絆』と呼んでいただきたいですね、殿下」
アレクサンダーが眼鏡を押し上げた。
「夏休みの間、ミア嬢は片時もエリザベート様の側を離れず、徹底的な献身を行ったのでしょう。その結果、エリザベート様は心身ともに本来の輝きを取り戻した。そして二人の間には、もはや我々が入る隙もないほどの絶対的な信頼関係が構築されたのです」
「なるほど……」
私は深く頷いた。 美しい。身分の壁を越え、互いを支え合う二人の少女の友情。 私が発行した『特別許可証』が、見事に彼女たちの心を救ったのだ。 (※実際は「逃げ出そうとするエリザベートをミアが24時間体制で監視し、激マズ青汁と徹底的な健康管理で物理的に健康にしてしまった」だけなのだが、その真実を王子たちが知る由もない)
「殿下。間もなく、秋の『学園祭』の準備期間に入ります。各クラスの出し物も決まりつつあるようです」
「そうか。今年はどんな催しがあるのか、楽しみだな」
私は窓枠から離れ、再び執務机に戻った。 健康を取り戻したエリザベートと、それを支えるミア。 今の二人なら、どんな困難が待ち受けていようとも、手を取り合って乗り越えていけるはずだ。 学園祭でも、きっと素晴らしい活躍を見せてくれるに違いない。
──次なる舞台(学園祭の演劇)で、エリザベートが本気の「殺意(演技)」を爆発させ、ミアの過剰な「介護」がさらにエスカレートする大混乱が起きることなど、この時の私には予想すらできなかったのである。
夏休みが明け、安定のクリストファー殿下視点です。
ローゼン領発祥の新概念『ツンデレ』の報告に頭を抱えつつも、中庭で「圧倒的な健康美」を放つエリザベートを見て大安堵!
ミアに水筒(激マズ青汁)で徹底管理され、嫌がりながらも餌付けされている姿を「美しい姉妹愛(絆)」と大誤解して目を細める殿下。
このポンコツ……いえ、心優しい王子たちに真実が伝わる日は来るのでしょうか。




