第48話「徘徊のケア」
【Side: Mia】
夜の22時。 私はエリザベート様の寝室にそっと入り、日課の「就寝時バイタルチェック(目視)」を行おうとした。 しかし、ベッドはもぬけの殻だった。 シーツが乱れ、窓が少しだけ開いている。
(……ッ! いない!?)
心臓が嫌な音を立てた。 嫌な予感がする。 彼女は最近、夜もよく眠れていなかった。極度のストレスと、魔女の人格に侵食される恐怖。 そんな状態で、夜中に一人で外に出るなんて、尋常ではない。
(まさか、衝動的に湖へ……!?)
私は血の気が引くのを感じながら、急いでランタンを手に取り、裏口から夜の森へと飛び出した。 「エリザベート様! エリザベート様!」 心の中で叫びながら、暗い小道を走る。 頼むから、早まった真似だけはしないで。
しばらく森を進んだ時、ランタンの光の先に、異様なものが映り込んだ。 白い、布のようなものを全身に被った人影。 青白い光を帯びて、周囲に霧を発生させながら、ゆらゆらと不安定な足取りでこちらに向かってくる。
「……のろってやるぅ……」
微かに聞こえたその声は、虚ろで、まるで夢と現実の境目をさまよっているかのようだった。
(ああ、やっぱり!!)
私の推測は最悪の形で当たっていた。 意識混濁に伴う、夜間徘徊(夢遊病)だ。
きっと彼女は、悪夢にうなされるあまり、無意識のうちにベッドのシーツを剥ぎ取り、それを被ったまま外へ彷徨い出てしまったのだ。 無意識に漏れ出ている魔力が霧や青白い光を発生させているのは、彼女の中の「魔女のシステム」が、彼女の意識がないのをいいことに表層化しようとしている証拠。 『呪ってやる』といううわ言も、その魔女の邪悪な意思の現れに違いない。
しかも、夜の森は急激に冷え込む。 薄いネグリジェ一枚の上にシーツを被っただけの格好で、無意識に魔力まで放出し続けていたら、低体温症と魔力枯渇を同時に引き起こしてしまう!
私は迷わずランタンを放り捨て、彼女に向かって駆け出した。
「な、何すんのよ! 私はお化けよ! 呪うわよ!?」
彼女はパニックになったように後ずさり、シーツの裾を踏んでよろけた。 私はその体を、倒れる前にしっかりと抱き留めた。
「ああ……! なんてこと! こんなに体が冷え切って……!」
シーツ越しに伝わってくる彼女の体は、夜風にさらされてひんやりと冷たかった
(※実際はシーツの中で肝試しの出番を待っていたため、単に冷えただけ)
私は彼女の背中を強くさすり、自分の体温を分け与えるように抱きしめた。
「大丈夫です! もう大丈夫ですからね、お姉様!」
私がそう呼びかけると、彼女は「えっ?」と小さな声を漏らし、腕の中で小刻みに震え始めた。 自分がなぜ夜の森にいるのか理解できず、混乱と恐怖で震えているのだ(※実際は予想外のハグに対する動揺の震え)。
「……離して! 私は、貴女を怖がらせようと……」
「はい、はい。分かっていますよ。怖い夢を見たのですね」
私は暴れようとする彼女を赤子をあやすように宥め、シーツごとしっかりと抱きかかえた。
「さあ、お部屋に戻りましょう。温かいミルクに、安眠効果のあるカモミールと少量の睡眠薬(※ハーブ)を混ぜてお持ちしますからね」
「だから! 私はお化けで……って、睡眠薬!? やめて! 私の意識を刈り取らないで!!」
彼女はシーツの中でジタバタと抵抗したが、私は決してその手を緩めなかった。 意識混濁した患者を一人で歩かせるわけにはいかない。 私は、シーツの塊(エリザベート様)を半ば強引に抱えたまま、別荘へと歩き出した。
(私の管理が甘かった……。これからは、夜間もコネクティングドアを開けっ放しにして、異常があればすぐに駆けつけられるようにしなければ)
私は固く決意した。 彼女の「魔女」としての呪いがどれほど深くとも、私が絶対に彼女の自我を繋ぎ止めてみせる。
夏の夜空には、冷たい星が瞬いている。 「放しなさいよォォ!」というエリザベート様の悲痛な叫び声は、夜の森に虚しく吸い込まれていった。 こうして、彼女の深夜の危険な徘徊は、私の徹底した「徘徊対策マニュアル」によって、無事に保護されたのだった。
一方、シーツお化けを見たミアの「医療者フィルター」は今日も通常運転です。
「青白い光! うわ言! 薄着! これは……意識混濁に伴う夜間徘徊(夢遊病)&低体温症の危機!」
ホラー演出を「深刻な病状」と完璧に誤認したミアは、お化けを真正面からガッチリとホールド。恐怖で震えている(ことになっている)患者を温め、睡眠薬(ハーブ入りミルク)で強制シャットダウンさせる構えです。
エリザベート渾身の肝試しは、強引な「深夜の徘徊保護」として幕を閉じました。
※「お化け(患者)逃げて!(笑)」「すれ違いが物理的になってきた」と爆笑していただいた方は、ぜひ下部の星(☆☆☆)から評価をお願いいたします!




