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第46話「真夏の夜の看病」

【Side: Mia】

 その日の夜。 エリザベート様は、予想通り少し熱を出してベッドに伏せっていた。


(ほら、言わんこっちゃない!)


 私は氷水でタオルを絞りながら、昼間の彼女の「水着騒動」を思い出して内心でぷんぷん怒っていた。 あんな布面積の少ない、防御力ゼロの水着で直射日光を浴びて、そのまま海風に吹かれるなんて! 体表の水分が蒸発する際に体温を奪う『気化熱』の恐ろしさを、貴族令嬢は全く分かっていない。 急激な寒暖差は自律神経を乱し、免疫力を一気に低下させる。 ましてや、彼女の体内には「魔女の瘴気(あるいは真実版の封印)」という爆弾が眠っているのだ。 体力が低下した隙を突いて、呪いが暴走でもしたらどうするつもりだったのか。 だから私は、恥じらいなどかなぐり捨てて、彼女をバスタオルで簀巻きにするという強硬手段(物理的拘束)に出るしかなかったのだ。


「だからお腹が冷えると言ったのに。自家製の経口補水液を作りましたから、少しずつ飲んでくださいね」 「……うぅ。頭が痛いわ……。貴女のせいよ……」


 彼女は熱で少し頬を赤くして、ベッドの中で丸くなっている。 昼間のあの堂々とした「悪女」の振る舞いが嘘のように、今の彼女は弱々しく、年相応の無防備な顔をしていた。 差し出したスプーンから、素直に経口補水液をちびちびと飲んでくれる。


(本当に、危なっかしい人……。放っておけないわ)


 熱のせいで、彼女の体からは微かに不安定な魔力が漏れ出ている。 風邪の熱なのか、魔力的な熱なのか、素人目には判断が難しい。 だからこそ、私は微弱な聖属性の回復魔法を指先に込め、彼女の熱い手を両手で握りながら、ゆっくりと魔力を流し込んでいた。 私の光の魔力が、彼女の体内にある「黒い何か」をそっと包み込み、鎮めていくイメージ。


「……ミアさん」


「はい、ここにいますよ」


「……貴女は、どうして私にそこまで構うの?」


 熱に浮かされた彼女の瞳が、とろんとした視線で私を捕らえた。 普段の刺々しい態度が抜け落ちた、純粋な疑問。


「私は貴女を嫌っているのに。貴女を陥れようとしているのに……。どうして、見捨ててくれないの? 貴女にとっては、私が死んだ方が都合がいいはずでしょう?」


 その言葉に、私は胸が締め付けられる思いがした。 彼女は本気で、自分が「見捨てられるべき悪」だと思い込んでいる。 一人で全てを背負い込み、誰にも頼らずに破滅へと向かおうとしている。


 前世の小児病棟にも、こんな子がいた。 『僕の病気は治らないから、お母さんには内緒にして。僕が死んだら、みんな楽になるから』と、笑って嘘をついた男の子。 その子と、今のエリザベート様が重なって見えた。


「……私が、貴女を見捨てたくないからです」


 私は彼女の手を、自分の頬に押し当てた。 彼女の熱が、私に伝わってくる。


「貴女がどれだけ悪ぶっても、私には分かります。貴女の根本にあるのは、悪意じゃなくて、不器用な優しさだってことくらい」


「……馬鹿ね。そんなもの、どこにもないわ……。私は、純粋な悪なのよ……」


「あります。温室のハーブを救ってくれたことも。ダンジョンで魔物から私を庇ってくれたことも。……全部、覚えていますから。貴女の行動は、言葉とは裏腹に、いつも誰かを守ろうとしている」


 エリザベート様は、それ以上何も言わなかった。 ただ、熱を持った瞳から、ふいに一粒の涙がこぼれ落ちた。 そして、私の頬に触れている彼女の指先が、ほんの少しだけピクリと動き、私を撫でるように力を込めた気がした。


「ゆっくり休んでください。明日の朝には、きっと良くなっていますから。私がずっとついています」


 私の声が届いたのか、彼女はゆっくりと目を閉じ、やがて規則正しい寝息を立て始めた。 私は彼女の寝顔を見つめながら、静かに誓う。


(『無印版』だろうが『真実版』だろうが、関係ない)


 この人が、自分を犠牲にして世界を救うような悲劇バッドエンドは、私が絶対に回避してみせる。 システムが彼女を悪役に仕立て上げようとするなら、私が全力で彼女を「ただの女の子」に引き戻す。 真夏の夜の静寂の中、私は患者の手を握ったまま、決意を新たにしていた。


布面積の少ない水着で強がった結果、見事に気化熱で熱を出してしまった悪役令嬢。

「どうして見捨ててくれないの?」という彼女の切実な本音に、ミアは前世の記憶を重ねて優しく、そして力強く答えます。

「私が、貴女を見捨てたくないからです」

悪役になりたい令嬢と、絶対にただの女の子として救いたい聖女。真夏の夜の看病は、二人の距離をまた少しだけ(強制的に)縮めたようです。


※「この二人尊すぎる……」「ミアがイケメン!」と胸が熱くなった方は、ぜひページ下部からブックマーク・評価での応援をお願いいたします!

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