第44話「湖畔の攻防」
【Side: Mia】
静寂の湖畔での生活は、思いのほか順調にスタートした。 エリザベート様は最初こそ「帰れ」「近寄るな」と威嚇してきたが、私の「王命の許可証」という絶対的なカードの前には、渋々従うしかなかった。 それに、私が強引に飲ませた『特製・疲労回復青汁(鉄分三倍)』の効果はてきめんだった。 数時間後には彼女の顔色は見違えるように良くなり、目の下のクマも薄くなっていた。
(……よし。基礎代謝は上がってきている。胃腸の吸収率も悪くないわね)
私はこっそりと作成している「エリザベート・フォン・ローゼン ケアプラン(個別支援計画書)」にチェックを入れた。
彼女が持ち込んできた大量の魔導書。あれは危険だ。 『禁忌魔法概論』だの『古代呪術大全』だの、見るからに精神(SAN値)を削りそうなラインナップである。 『無印版』のラスボスとして覚醒するための準備なのか、『真実版』の人柱として命を削る術を探しているのかは分からない。 どちらにせよ、夏休みの間に彼女にそんな危険な真似(自傷行為)をさせるわけにはいかない。 「精神的な思い詰め」を防ぐための最良の処方箋は、「物理的な疲労」と「規則正しい生活」だ。 身体を動かしてヘトヘトにさせ、夜は魔導書を開く暇も与えずにぐっすり眠らせる。これに限る。
「さあ、お姉様! 今日は天気が良いので、湖畔の周りをジョギングしますよ!」
「ジョ、ジョギング!? 公爵令嬢が汗水垂らして走るなど、恥知らずにもほどがあるわ! 私は日傘を差して優雅に……」
「ダメです! 適度な発汗はデトックスの基本! 太陽の光を浴びてセロトニンを分泌させないと、夜にメラトニンが生成されず不眠症になります! さあ、ワン、ツー! ワン、ツー!」
「ひいぃっ、引っ張らないでぇ!」
私は彼女の手を引き、半ば強引に走り出した。 彼女は「離しなさい!」「この平民!」と文句を言いながらも、なんとか私についてくる。 最近の青汁特訓の成果か、入学当初のあの今にも倒れそうな脆弱さは影を潜め、少しずつ体幹がしっかりしてきているのが分かる。 走るフォームも、最初はバラバラだったが、私が横から「骨盤を立てて! 腕を振って!」と指導すると、貴族特有の運動神経の良さですぐに修正してくる。 看護師として、患者の回復(ステータス向上)を実感できる瞬間ほど嬉しいものはない。
「ハァ……ハァ……。もう……無理……。足が、棒のようよ……」
湖を半周したところで、エリザベート様が芝生の上にへたり込んだ。 額には綺麗な汗が光り、頬は健康的なピンク色に染まっている。
(……美しいわ。病的な白さより、ずっとずっと綺麗)
私は見惚れそうになるのを堪え、クーラーボックスから冷たい特製スポーツドリンク(レモンと蜂蜜と岩塩を配合)を差し出した。
「お疲れ様です。良い汗かきましたね。水分と塩分を補給してください」
「……貴女のせいで、私の優雅な悪役像が台無しよ。こんな泥臭い魔女がどこにいるのよ……」
彼女はドリンクを受け取りながら、恨めしそうに私を睨んだ。 でも、その目はちっとも怖くない。ただの、運動後の心地よい疲労感に包まれた少女の目だ。
「でも、お姉様。少し体が軽くなった気がしませんか?」
「……それは……まあ、少しは。胸のつかえが、取れたような……」
「でしょう? 健康な肉体にこそ、健全な魔力が宿るのです!」
私は胸を張った。 彼女がどんな過酷な運命を背負っていようと、この肉体さえ頑丈にしておけば、いざという時の生存率は格段に跳ね上がる。 バッドエンドのフラグなど、物理的な健康と免疫力でへし折ってやるのだ。
その夜。 私は彼女の部屋の隣(元々はゲストルームだった部屋を強引に接収した)で、壁越しに聞こえてくる規則正しい寝息に耳を澄ませていた。
(よし。今日は魔導書を開く暇もなく、疲れ果てて五分で寝てくれたわね)
アンナさんとも「夜間の監視シフト」について密かにすり合わせを済ませてある。 ミッション完了。 明日もこの調子で、彼女を健康の渦に巻き込んでいこう。 私の過保護な訪問看護は、まだ始まったばかりだ。
ミアによる訪問看護の恐るべき実態。それは「危険な魔導書を読む暇を与えないほどの物理的疲労」でした!
「公爵令嬢が走るなんて!」と抗議しながらも、的確なフォーム指導と特製スポドリの前に、なんだかんだで健康になっていくエリザベート。
夜には魔女の企みをする気力もなく、ぐっすり5分で夢の中へ……。バッドエンドのフラグは、規則正しい生活と筋肉でへし折れることが証明されましたね。
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