第43話「強襲の訪問看護」
【Side: Elizabeth】
「静寂の湖畔」にあるローゼン家の別荘は、その名の通り、静寂と清涼な空気に包まれた完璧な避暑地だった。 到着した初日の午後。私はテラスのデッキチェアに深く腰掛け、淹れたての紅茶の香りを楽しみながら、広大な湖面を見つめていた。
「ふふっ……素晴らしいわ。誰もいない、何も起きない。これぞ求めていた孤独……」
分厚い魔導書を膝に広げ、最高のバカンスの始まりに酔いしれる。 これでようやく、誰にも邪魔されずに「極悪非道な計画」を練ることができる。 そう確信した、次の瞬間だった。
「エリザベート様ァァァッ!!」
ドバンッ!! と、別荘の重厚なエントランスの扉が蹴破られるような音と共に開いた。 静寂の湖畔に、似つかわしくない甲高い声がこだまする。
「な、何事!?」
私が椅子から飛び起きると、息を切らしたミアが、巨大な医療用トランクを引きずりながらテラスに突入してきた。 その背後では、屈強なはずの公爵家の私兵たちが
「も、申し訳ございません! 王家の絶対通行手形を見せられまして……!」
と土下座している。
「な、なぜ貴女がここにいるのよ!? ここは私のプライベートな空間よ!」
「患者を一人で放置するなんて、医療者として許されるわけがないでしょう!」
ミアは私の抗議を完全に無視し、ずんずんと距離を詰めてきた。 そして、トランクの中から見慣れた「緑色の液体が入ったシェイカー」を取り出す。
「さあ! 移動でお疲れでしょう! 血中アミノ酸濃度が低下しています! まずは『特製・疲労回復青汁(鉄分三倍)』を一気飲みしてください!」
「嫌よ! せっかくのバカンスに泥水を飲まされてたまるも──んぐっ!」
抗う間もなく、私の口にシェイカーの注ぎ口がねじ込まれた。 強烈な苦味と青臭さが口いっぱいに広がり、私は涙目でそれを飲み下す羽目になる。
「ぷはぁっ……! げほっ、ごほっ! 貴女、公爵令嬢になんて暴挙を……!」
私がむせ返りながら抗議しようとした時、私の背後で控えていたメイドのアンナが、サッと前に出た。
「お待ちくださいミア様! お嬢様のお口に入るものは、すべて私が毒味を──」
しかし、アンナの言葉は途中でピタリと止まった。 彼女の目は、驚愕に見開かれていた。 青汁を飲まされた私の頬に、みるみるうちに赤みが差し、目の下のクマが薄れ、肌ツヤが数秒で劇的に蘇っていくのを目の当たりにしたからだ。
「……私の長年の食事管理と高級美容液が、あんな緑の泥水に負けた……?」
背後でアンナが、信じられないものを見るような目でシェイカーを見つめ、メイドとしてのアイデンティティ(プライド)をへし折られて膝から崩れ落ちる気配がしたが、私には彼女を慰める余裕すらなかった。
「さあ、バイタルが安定したところで、本日のスケジュールを発表します!」
ミアはバインダーを取り出し、満面の笑みで告げた。
「午前は軽い有酸素運動! 午後は薬草採取! 夜は消化に良い野菜スープです! もちろん私が24時間付き添いますからね!」
私の「孤高のバカンス」は、開始わずか30分で、地獄の「健康増進ブートキャンプ」へと姿を変えたのだった。
到着からわずか30分。優雅なティータイムは、ドアを蹴破る勢いで突入してきたミアによって強制終了されました。
公爵家の私兵すら黙らせる王命の許可証と、強引にねじ込まれる鉄分三倍の特製青汁!
みるみるうちに健康になっていくお嬢様を見て、メイドのアンナが完全にミアの軍門に下った瞬間でもありました。
孤高のバカンスは、逃げ場のない「健康増進ブートキャンプ」へと劇的なビフォーアフターを遂げます!




