第38話「保留という名の決断」
【Side: Mia】
保健室に静寂が戻った。 ベッドの上で、エリザベート様が呆然と天井を見上げている。 その顔色はまだ青白いが、死相は消えている。 私の蘇生措置は成功した。彼女を「死の運命」から引きずり戻したのだ。
(……危なかった)
私は震える手で、彼女の手を握りしめた。 あの時、私が迷わず動かなければ、彼女は本当に死んでいたかもしれない。 『無印』の自滅イベントなのか、『真実版』の限界なのか、原因はまだ特定できていない。 だが、一つだけ確かなことがある。 彼女は、放っておけば一人で勝手に死ぬ。
「……離して」
エリザベート様が、掠れた声で言った。
「私は……魔女よ。世界を、滅ぼす……」
「いいえ、違います」
私は即座に否定した。 彼女が言いかけた言葉を遮るように、強く握り返す。
「貴女は魔女ではありません。私の大切な恩人であり、この学園の生徒です」
「違う! 私は悪役で……!」
「喋らないでください。血圧が上がります」
私は有無を言わせぬ口調で制した。 彼女が「魔女」だと自認しているのは、やはり精神汚染が進んでいる証拠だ。 あるいは、魔女の人格が彼女にそう言わせているのかもしれない。 ここで彼女の言葉を肯定してしまえば、彼女は「自分は排除されるべき存在だ」と思い込み、また自滅行動に走りかねない。
(否定し続けなきゃ。貴女は人間だと。生きる価値があるんだと)
診断は「保留」。 彼女が敵なのか味方なのか、シロかクロか、まだ断定はできない。 でも、クロだと決めつけて切り捨てるには、彼女はあまりにも人間らしく、そして不器用な優しさに満ちている。
「エリザベート様。貴女が何を隠しているのか、私には分かりません」
私は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。 赤い瞳が、不安げに揺れている。
「でも、一つだけ約束してください。……もう二度と、一人で抱え込んで、勝手に終わろうとしないでください」
彼女が息を呑む。
「もし貴女が『魔女』になってしまいそうなら、私が止めます。何度でも、何回でも、今日みたいに肋骨を折ってでも引き戻します」
「……っ、野蛮人」
彼女が涙目で毒づいた。 でも、その手は私を振り払おうとはしなかった。 それが、今の彼女の精一杯の甘えなのだと、私は勝手に解釈することにした。
(決めたわ)
私は心の中で、今後の治療方針を決定した。
治療方針:24時間密着監視および精神的ケア。 目標:患者の自殺企図の阻止、および自己肯定感の向上。 期間:無期限(完治、または真相解明まで)。
これはもはや、聖女としての使命ではない。 私個人のエゴだ。 私が彼女を生かしたいから、生かす。 彼女が世界を敵に回すなら、私がその世界を説得する。 あるいは、彼女と一緒に世界を敵に回してもいい。
「退院したら、覚悟してくださいね」
私はニッコリと微笑んだ。 それは、患者を励ます天使の微笑みではなく、逃走経路を全て塞いだ看守の微笑みだったかもしれない。
「私が貴女の影になります。食事も、移動も、勉強も、全部一緒です。トイレとお風呂以外は、片時も離れませんから」
「はぁ!? 嫌よ! 絶対に嫌!」
エリザベート様が叫ぶ。 その声に力が戻っているのを確認して、私は満足げに頷いた。 元気があればよろしい。 これからの闘病生活(学園生活)は、今まで以上に騒がしくなりそうだ。
窓の外では、夕日が沈みかけていた。 第1章の幕が下りる。 本来なら「悪役令嬢の退場」で終わるはずだった物語は、私の介入によって「悪役令嬢の強制リハビリ生活」へと、大きく軌道修正されたのだった。
私は心の中で、彼女の脳内カルテに最新の数値を書き込んだ。
【ミア・ゼン・シャーカンの脳内診断】 対象:エリザベート・フォン・ローゼン 生存確率:15% → 50%(要経過観察)
敵か味方か、魔女か人柱か。そんなことはもう関係ありません。
「私が生かしたいから生かす!」という、聖女の皮を被った元ナースの強烈なエゴ(愛)が炸裂します。
本来ならゲーム第1章の「悪役令嬢退場イベント」になるはずが、ミアの強引な介入によって「悪役令嬢の強制リハビリ生活(24時間監視付き)」へと見事に書き換えられました。これからの二人の学園生活はどうなってしまうのでしょうか!




