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第37話「敗北感」

【Side: Elizabeth】

 目を開けると、そこは真っ白な天井だった。 鼻をつく消毒液の匂い。遠くで聞こえる鳥のさえずり。 そして、全身を襲う鉛のような倦怠感と、胸部(特に肋骨あたり)の鋭い痛み。


「…………」


 私は瞬きをして、現状を理解しようと努めた。 死んでいない。 あの時、完璧なタイミングで血糊を吐き、悲劇的に絶命(の演技を)したはずなのに。 三途の川もお花畑も見えない。あるのは、見慣れた学園の保健室の風景だけだ。


(失敗した……?)


 絶望が、冷たい水のように足元から這い上がってくる。 あれだけの舞台装置を整え、完璧な悪役ムーブをかまし、最後は自らの命(社会的地位)を散らせて退場するはずだった。 それなのに、私はまだここにいる。 「エリザベート・フォン・ローゼン」という、中途半端な悪役令嬢として。


「気がついたか、エリザベート」


 枕元から、聞き覚えのあるバリトンボイスが降ってきた。 恐る恐る首を動かすと、そこには私の婚約者である第二王子、クリストファー殿下が椅子に座っていた。 その表情は、私が予想していた「軽蔑」や「冷淡」とは正反対の、慈愛に満ちたものだった。


「で、殿下……?」


「無理に喋らなくていい。酷い怪我だったそうだ」


 彼は優しく私の額に触れた。 その手つきは、汚らわしいものを扱うそれではなく、壊れ物を扱うように慎重だった。


「君は……本当に無茶をする」


(え? なにその反応?)


 私が描いた筋書き(シナリオ)通りなら、彼はここで私に告げるはずだ。 『君の悪行にはもう耐えられない。婚約破棄だ』と。 本来なら卒業パーティーの断罪イベントで聞くはずの言葉だが、これだけの不祥事(魔物暴走事件)を起こしたのだ。イベントが前倒しで発生してもおかしくない。 むしろ、ここで破棄を宣告されれば、私は「追放された元婚約者」としてフェードアウトできる。 なのに、なぜそんなに優しげな目で私を見るの?


「先生から聞いたよ。今回のダンジョンでの……魔力暴走による自爆。いや、あれは自爆に見せかけた『捨て身の守護』だったのだろう?」


「……は?」


 私は呆気にとられた。 何を言っているんだ、この王子は。


「以前の授業中の暴発事故もそうだ。あの時は『なんて不器用な』と思ったが、今なら分かる。あれも、とっさの事態に備えて『あえて暴発させる』訓練だったのかもしれないな」


「ち、違います! あれは杖の調整ミスで……!」


「隠さなくていい。アレクサンダーも見ていたそうだ。今回、君がミア嬢を庇うように立ちふさがり、圧倒的な闇魔法で魔物の群れを一掃した姿を」


 クリストファー殿下は、まるで聖女を見るような目で私に頷いた。


「君は、自分が『悪役』という泥を被ってでも、彼女を成長させようとしていたんだな。厳しく当たるのも、すべては彼女のため。そして最後は、自分の命を削るほどの禁術を使ってまで、彼女を守り抜いた……」


「違います! 誤解です! 私はただの性格の悪い女で……!」


「君のそういう不器用で、自己犠牲的なところを、私は誇りに思うよ」


(聞いてない! 全然話を聞いてくれない!)


 私はパニックになった。 違う。そうじゃない。 授業の時は整備不良のドジだし、今回は演出のための自作自演だ。 魔物を倒したのは、単に獲物を横取りしたかったからで、ついでに私の強さを見せつけて恐怖させるためだ。 決して、ミアを守るためなんかじゃ……!


「……うッ!」


 弁解しようと体を起こしかけた瞬間、胸に激痛が走った。 ズキリ、と肋骨が悲鳴を上げる。 これは魔力暴走の痛みではない。明らかに「物理的な打撲」の痛みだ。


(あいつ……! あの馬鹿力聖女……!)


 思い出されるのは、薄れゆく意識の中で受けた、岩をも砕くような心臓マッサージの感触。 私の肋骨にヒビを入れたのは、魔物でも自爆でもなく、間違いなくミア・ゼン・シャーカンだ。


「安静にしていてくれ。君は英雄だ。学園中が、君の勇敢な行動を称えている」


「え……い、英雄……?」


 最悪の単語が耳に飛び込んできた。 悪役令嬢が、英雄? 世界を滅ぼす魔女が、称賛されている?


 ガララッ。


 保健室のドアが乱暴に開いた。 入ってきたのは、包帯を巻いた教師と、そして──私の天敵。


「エリザベート様!」


 ミアが駆け寄ってくる。 その顔は涙でぐしゃぐしゃで、服はボロボロで、でも瞳だけは異様なほどギラギラと輝いていた。 彼女は私のベッドの反対側に滑り込み、私の手を両手で包み込んだ。


「よかった……! 本当によかった……! 一時は心停止までいって、どうなるかと……!」


「貴女ねぇ……! 痛いのよ! 胸が!」


「申し訳ありません! でも、肋骨の2、3本と命、どちらが大事ですか!? もちろん命ですよね!」


 問答無用。 彼女は私の抗議など意に介さず、聴診器(どこから持ってきた?)を私の胸に当て、テキパキとバイタルチェックを始めた。


「意識清明。瞳孔不同なし。脈拍、整。血圧、安定。……奇跡だわ」


 彼女は安堵の息を吐き、そして私を睨みつけた。 その目は、慈愛に満ちた聖女の目ではない。 言うことを聞かない患者を叱りつける、歴戦の看護師長の目だ。


「もう二度と、あんな無茶はしないでください。……私の目の前で死のうとするなんて、許しませんから」


 ドスの効いた声。 背筋が凍った。 彼女は気づいているのかもしれない。私がワザと死のうとした(ふりをした)ことに。 そして、それを全力で阻止すると宣言しているのだ。


「殿下、あとは私にお任せください。彼女のケアは、私が責任を持って行います」


「ああ、頼んだよ。君たち二人の絆には、誰も入れないな」


 殿下は満足げに頷き、退室していった。 待って。行かないで。私をこの猛獣使いと二人にしないで!


 保健室のドアが閉まる音が、私の敗北を告げるゴングのように響いた。 悪役計画は失敗だ。 嫌われるどころか英雄になり、婚約破棄どころか絆を深められ、そして今、私は最強の監視者ストーカーにロックオンされてしまった。


保健室で目覚めたエリザベート。待っていたのは婚約破棄……ではなく、「身を挺してヒロインを守った英雄」としての激甘な称賛でした!

さらに、肋骨にヒビを入れた張本人ミアが、歴戦の看護師長のオーラを纏って乱入。「私の目の前で死ぬのは許しません」というドスの効いた愛の宣告に、ついに公爵令嬢の退路が断たれます。

悪役計画、ここに完全敗北(大失敗)です!


※「悪役令嬢(英雄)爆誕!」「ミアの圧が強すぎる」と楽しんでいただけましたら、ぜひ下部の評価(☆☆☆)から応援をよろしくお願いいたします!

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