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第35話「計算外の救護」

【Side: Elizabeth】

 広場の石畳の上で、私──エリザベート・フォン・ローゼンは、死体のふりとして横たわっていた。 口からは毒々しい赤色の液体(特製シロップ)を垂れ流し、目はうつろに開き、手足は脱力させている。


(完璧だわ……)


 瞼の裏で、自らの演技に喝采を送る。 直前のセリフも、倒れるタイミングも、血糊の量も、すべて計算通り。 ミアは今頃、恐怖と衝撃で腰を抜かし、駆けつけたクリストファー殿下の腕の中で泣きじゃくっているはずだ。 そして私は「再起不能」として担架で運ばれ、しばらくの間、療養という名目で表舞台から消える。 その間に、ミアと殿下の仲は急速に進展し、魔王討伐へのフラグが立つ。 これぞ、悪役令嬢としての有終の美。


(……それにしても、誰も来ないわね?)


 倒れてから数十秒。 周囲は静まり返っている。 ミアの悲鳴も、殿下の足音も聞こえない。 聞こえるのは、自分の心臓の音と、風の音だけ。


(おかしいわね。演出のにしては長すぎない?)


 薄目を開けて確認したい衝動に駆られるが、それはご法度だ。 「死体」が動いてはならない。 私はじっと耐えた。背中の石畳がゴツゴツして痛いが、これこそが断罪の痛みだと思って甘受する。


 その時だった。


 ダッ、ダッ、ダッ、ダッ!


 猛烈な勢いで地面を蹴る音が近づいてきた。 来た! ついに来たわ! さあ、私を揺さぶり、「しっかりしろ!」と叫ぶがいい!


「エリザベート様ッ!!」


 ミアの声だ。 予想以上に切迫している。まるでこの世の終わりを見たかのような悲痛な叫び。 ふふっ、いい演技ね。私の演出に応えてくれているわ。


 ドンッ!


 次の瞬間、私の体に衝撃が走った。 誰かが私の横に膝をつき、さらに──。


「ぐふっ!?」


 重い衝撃が、私のみぞおちに食い込んだ。 え? 何? ミアが、私の上に馬乗りになった? 公爵令嬢に対して、マウントポジション!?


「意識確認! エリザベート様! 分かりますか!?」


 パンッ! パンッ!


 両頬を、強烈な平手打ちで叩かれた。 痛い。普通に痛い。星が見えるほど痛い。 ちょっと待って、これは「揺さぶる」のレベルを超えているわよ!? ビンタで意識を確認するなんて、どこの荒療治!?


「反応なし(JCS 300)! 自発呼吸確認……浅い! 脈拍……微弱!」


 ミアが私の首筋に指を押し当て、何か専門用語を叫んでいる。 その指が食い込んで苦しい。 そして、彼女は私の口元に顔を近づけ、頬を私の鼻先に寄せた。 呼吸を確認しているのだ。 近い。近すぎる。吐血シロップの甘い匂いがバレてしまう!


(や、やめて! バレる! 起き上がりたいけど、今動いたら全てが台無しになる!)


 私は必死に「死体」を演じ続けた。 だが、ミアの行動は私の想像を遥かに超えていた。


「気道確保!」


 ガクッ。


 彼女の手が私の顎を掴み、強引に上向かせた。 首の骨が鳴るかと思った。 さらに、口の中に指を突っ込んでくる。 ちょ、ちょっと! 何するの!? 汚いってば! シロップでベタベタよ!?


「異物なし! 次、CPR(心肺蘇生)開始!」


 彼女は私の胸元(ドレスの上からだが、かなり際どい位置)に両手を重ねて置いた。 え、嘘でしょ。まさか……。


「1、2、3、4!」


 ズンッ! ズンッ! ズンッ!


「ぐっ……うぐっ……!」


 強烈な圧力が、私の胸骨を襲った。 これはマッサージなどという生易しいものではない。 全体重を乗せた、岩をも砕くようなプレスの連打だ。 肋骨がきしむ音が聞こえる。 肺の中の空気が強制的に出入りさせられ、シロップが喉の奥に逆流してむせそうになる。


(痛い痛い痛い! 折れる! 肋骨が折れるわよこれ!!)


 私は内心で絶叫した。 悪役令嬢がいじめられるシーンは数あれど、ヒロインに馬乗りになられて胸骨を圧迫骨折させられそうになるなんて聞いたことがない! これは「聖女の慈悲」なの? それとも「物理的な除霊」なの!?


「死なせない……絶対に死なせません!」


 ミアの声は泣いていた。 涙が私の頬に落ちる。 その必死さは、演技や建前ではない。 本気で、私の命をこの世に繋ぎ止めようとしている。 たとえ、私の肋骨を代償にしてでも。


(なんで……? 私は貴女を殺そうとしたのよ? 罠に嵌めたのよ?)


 混乱する。 痛みと、酸欠と、そして理解不能な彼女の行動に、私の思考回路はショート寸前だった。 もう限界だ。 「痛いからやめて!」と叫んで飛び起きたい。 でも、そうすれば「魔女の最期」というシナリオは崩壊する。 ここまで積み上げてきた全てが無駄になる。


(耐えろ……耐えるのよ、エリザベート! これは最後の試練……!)


 ズンッ! ズンッ!


「戻ってきて! お願い!」


 彼女の掌から、熱い魔力が流れ込んでくる。 物理的な衝撃と共に、温かな光が私の体を満たしていく。 それは、凍てついた私の心を溶かすようで、同時に焼き尽くすようで。


 私は薄れゆく意識(本当に落ちそう)の中で、クリストファー殿下の到着を祈った。 早く来て。 この暴走する聖女バーサーカーを止めて。 私、魔物に殺される前に、ヒロインに圧殺されそうです……。


悲劇的なのふりを遂げたはずのエリザベートを待っていたのは、涙と感動のお別れ……ではなく、元ナースによる全体重を乗せたガチの心肺蘇生(物理)でした!

「肋骨が折れる!」と内心で絶叫しながらも、悪役としてのプロ意識(?)が邪魔をして起き上がれない公爵令嬢。

悲劇のヒロインを演じたいのに、マウントポジションで胸骨を圧迫される悪役なんて前代未聞です(笑)。


※「肋骨が痛い(笑)」「エリザベート起きて超起きて!」と爆笑していただいた方は、ぜひページ下部からブックマーク・評価での応援をお願いいたします!

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