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第34話「フラッシュバック」

【Side: Mia】

 時間が、止まった。


 私が『聖なる封印』を放とうとした、その刹那。 エリザベート様が胸を押さえ、苦悶の表情で崩れ落ちた。 そして、その口から──大量の鮮血が、噴水のように撒き散らされた。


「カハッ、ゲホッ……!」


 白いブラウスが、毒々しい赤に染まっていく。 地面に広がる血溜まり。 鉄の臭いと、甘いような奇妙な臭いが混ざり合う。 彼女は糸が切れた人形のように倒れ込み、そして動かなくなった。


「あ……あ……」


 私の手から杖が滑り落ちる。 カラン、という音が遠くで聞こえた気がした。 思考が真っ白に染まる。


(血……吐血……大量出血……)


 その光景が、私の脳の奥底に封印していた「前世の記憶」の蓋を、暴力的にこじ開けた。


『先生! 患者さんのバイタルが低下しています!』


『出血が止まりません!』


 救急現場の怒号。私の手の中で冷たくなっていく、救えなかった患者たちの感触。


 そして、記憶は私自身の最期へとスライドする。 白く無機質な病室の天井。酸素マスクの苦しさ。


『美愛! 嫌よ、目を開けて!』


『……ご臨終です』


『美愛ちゃん! 置いていかないで!』


 泣き叫ぶお母さんの声が、遠のいていく意識の中で反響する。


 ピーーーーーーッ。


 耳元で鳴り響く、心電図のフラットラインの電子音。 冷たくなっていく患者の手。 泣き叫ぶ家族の声。 そして、自分自身が死んでいく時の、感覚が遠のいていく恐怖。


「何もできなかった」という、鉛のような無力感。


(嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だッ!!)


 これはゲームじゃない。 シナリオでも、演出でもない。 今、私の目の前で、人間が死のうとしている。 私が、「敵かもしれない」と躊躇って、様子見をしていたせいで。 私が、「魔女に乗っ取られた」と勝手に決めつけて、彼女の身体的限界フィジカル・リミットを見落としていたせいで!


 彼女はずっとサインを出していた。 顔色の悪さも、手の震えも、全部限界のサインだったのに。 私はそれを「ゲームの設定」というフィルター越しに見て、現実の彼女を見ていなかった。


「エリザベート様ッ!!」


 私は絶叫した。 『無印』か『真実版』か。敵か味方か。 そんな議論は、もうどうでもいい。 目の前に「CPA(心肺停止)」の疑いがある傷病者がいる。 それだけで、私が動く理由は十分すぎるほど十分だ。


 私は地面を蹴った。 転びそうになりながら、彼女の倒れている場所へ走る。 脳内にはすでに、緊急救命処置のプロトコルが表示されている。


 意識の確認。


 気道の確保。


 呼吸と脈拍の確認。


 必要ならば、心肺蘇生(CPR)。


(間に合って……お願いだから間に合って!)


「死なせない……絶対に、死なせたりしない!」


 私の目は、もはや聖女のそれではなかった。 死神と綱引きをする、修羅のナース・アイだった。


……エリザベート渾身の吐血(ミント味)が、取り返しのつかない事態を引き起こしました。

目の前で倒れ、大量のシロップを流すエリザベートを見た瞬間、ミアの脳裏に「前世の救急救命の現場」と「自分自身の死」という最大のトラウマがフラッシュバック。

ゲームのシナリオも、悪役も魔女も関係ない。目の前にいるのは「心肺停止の疑いがある傷病者」!

聖女の仮面を脱ぎ捨て、修羅の目をした元ナースが、救命措置(物理)のために全力疾走を開始します!


※「ミアがガチモードに入った!」「エリザベート逃げて超逃げて!」と次回の展開が気になった方は、ぜひブックマークや星での評価をお願いします! 毎日の更新の大きな励みになります!

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